タックスヘイブンの実態を追及するイギリスのジャーナリスト、ニコラス・シャクソンが、社会、経済、政治を世界的に支配し、大多数の犠牲の下にごく少数の人々だけを富ませてきた「金融の呪い」について解き明かした『世界を貧困に導く ウォール街を超える悪魔』が遂に日本でも出版された。
世界的に広がっていく格差、不平等は、実は一部のエリート層によって意図的に仕組まれたものだという不都合な真実を丹念な取材を重ねて綴り、フィナンシャル・タイムズ ECONOMICS BOOK OF THE YEARの一冊にも選ばれた『世界を貧困に導く ウォール街を超える悪魔』から一部再構成して紹介します。

武器としての組織心理学Photo: Adobe Stock
ニコラス・シャクソン(Nicholas Shaxson)
ジャーナリスト
タックスヘイブン、金融、資源問題を中心に、フィナンシャル・タイムズ紙、『エコノミスト』誌などに寄稿している。NGO団体、Tax Justice Networkの一員でもある。
著書に『Poisoned Wells: the Dirty Politics of African Oil』(未邦訳)、『タックスヘイブンの闇』(朝日新聞出版)などがある。

わずかな手数料から見えてくるもの

皆さんは最近、ネットで切符を購入したことがあるだろうか。そして、その購入手数料はいくらかご存じだろうか?

例えば電車の切符などをオンラインで販売する企業、トレインラインへ支払った少額の予約手数料75ペンスは、あなたの銀行口座を出た後、列車の旅とは対照的に実に複雑な旅をしている。

ロンドンに拠点を置くトレインラインは、トレインライン・ホールディングスという別の持ち株会社が所有しており、その傘下にある。そして、この持ち株会社は別の会社が所有しており、それをまた別会社が所有するという形で、このトレインラインの親に相当する会社は合計5社に上る。

では、この5社に所有されるトレインラインにあなたが支払った手数料75ペンスは、どこへ行くのか。その道筋を辿ってみると、英仏海峡を越えてタックスヘイブンのジャージー島へ、そこから再度ロンドンに戻り、前述の5社を通過し、もう一度ジャージー島へ戻り、欧州大陸に飛んでタックスヘイブンであるルクセンブルクの2社の銀行口座に落ち着くことになる。

この手数料の旅路を川の流れにたとえるなら、キラキラ輝きながら流れ下るその途中で、さまざまなカネの小川の分岐や合流があり、前述のヒエラルキーに属するそれぞれの会社が銀行からカネを借りたり、会社同士が時には資金投入や借入金の名目で互いに融通し合ったり、驚くほどの高利で貸し借りが行われているのだ。

ルクセンブルクに到達した、ちっぽけな、しかし勇敢な75ペンスは、金融のトンネルに潜ってしまうため追跡が難しくなる。しかし、しばらくするとまた表に現れ、今度はカリブ海へと移動する。次はケイマン諸島の、実態がつかみにくく不可解な3、4社を経て再び表に現れるのだ。

この75ペンスは、あなたの口座を出てからすでに二十数社の口座を経ているが、さらに世界中の無数の資金の川や大河に合流し、まとまってアメリカの巨大な投資会社KKR(コールバーグ・クラビス・ロバーツ)の大きな胃袋に吸い込まれていく。

しかし、カネの大河はそこで止まることはない。今度はKKRの株主の口座に吸い込まれていく。その株主とは、世界最大の銀行、投資ファンド、そして裕福な個人投資家―KKRの創業者であり、億万長者で、いまだ存命の二人、ジョージ・ロバーツとヘンリー・クラビスを含む裕福な投資家である。