75ペンスの旅75ペンスの旅

KKRは1977年に最初の買収を成立させて以来、実在する300社以上の株式のすべて、もしくは一部に投資してきた。その中にはセーフウェイ、トイザらス、デルモンテ・フーズ、ソノス・ワイヤレス・ハイファイシステムなどのメーカーや、薬局のブーツ、トレインラインも含まれている。KKRの主な収益源は、企業再生による利益や、投資した企業が倒産する前に売却して得た利益である。直近でも、180社超の実体のある企業を所有している。あえて「実体のある」という表現を使うのは、KKRが所有する企業の数は実に4000社を超え、そのほとんどが市井の人々の生活から切り離された、帳簿上においてのみ存在する会社だからだ。

それらの登記場所は、例えばジャージー島に20社以上、ルクセンブルクに200社超、ケイマン諸島では800社を超える数になる。ブーツやトレインラインなどKKR帝国の一構成員である実体のある会社は、必ず前記のような複雑な企業構造を持ち、そこを起点に、経済専門用語のような奇抜な名前の企業群が居並び、頂点に立つ企業がそれらをがんじがらめにしてしまっている。例えば、トレインラインの場合は、「トレインライン・ジュニア・メッツ・リミテッド」「ビクトリア・インベストメント・インターミィディエイト・ホールドコ・リミテッド」などがある。

これまで紹介してきたことは、違法とは言いがたい。むしろ、今日のビジネスのあり方の主流とも言えよう。しかし、トレインラインの複雑な企業群のあり方は、いくつかの疑問を提起する。

第一の疑問は、何のためにそうするのか? である。

この疑問に答えるには、まずは金融化について理解しておかなければならない。

この現象は1970年代に初めて登場し、その後ゆっくりと静かに私たちに忍び寄ってきた。金融化がもたらした大きな変化は、金融、保険、不動産の各分野の大規模化と影響力の飛躍的な増大に留まらず、金融市場や金融手法、動機や考え方に至るまで、私たちの経済・社会活動や文化面にまでかつてないほど深く浸透してきている。

トレインラインの企業構造は、前述の後半部分に該当する金融化の波の新たな側面を代表するものだ。すなわち、実体経済において本当の富を生み出す企業活動―例えば歯車などの部品や機材、マラリアの特効薬を開発・製造したり、おもちゃやツアーを企画販売したり、電車の切符の効率的なオンライン販売用プラットフォームを考案したりする企業の経営者たちに、企業活動の生産性向上に向けてたゆまぬ努力を求めたり、起業家精神を向上させる行動をとるよう仕向けるのではなく、むしろそれらから目をそらすよう誘導し、企業所有者(株主)に対して高収益をもたらし、かつもっと短期間で簡単に利益を上げられる甘い誘惑に満ちた金融工学に走らせるようにしている。

企業の存在意義は、半世紀ほど前には、利益を上げること、そして従業員や地域社会およびより広範な社会にも貢献するものとして受け入れられていた。しかし、ここ数十年の金融化の時代に、ビジネスは大きな変革を遂げ、今では企業の所有者である株主の財産を最大化するという一点にまでその目的は絞られてきてしまっている。トレインラインの複雑で入り組んだ企業構造は、実際に有用なビジネスを行う末端の企業を土台としたその上に、金融的な構造を構築し、最先端の複雑な手法でその稼いだカネを吸い上げているのが実態である。

これは一例にすぎないが、今や私たちの周りにはこの金融化が溢れているのだ。

このような複雑な企業構造について、さらに2つ目の大きな疑問が湧いてくる。