唯一絶対の真実を明るみに出した東京2020、しかし政治家は…

 コロナ禍であろうと、無観客であろうと、大会の形式が変わっても五輪を開催する意味があるとすれば、それは五輪の理念である「スポーツによってより平和な社会を作る」こと以外にない。

 その実現の鍵は4年に一度の頂点の闘いに人生を懸ける選手たちの努力であり、参加である。オリンピックに到達するまでの彼らの道のりが共有され、彼らが最大の舞台で持てる限りの力を発揮することが世界中の観客に感動を与える。その感動がすべてに勝り雄弁である。

 東京2020は、まさに五輪の唯一絶対の真実を明るみに出した。「オリンピックは参加することに意義がある」と言われてきたが、その真意は五輪が世界平和構築運動であるからだ。そのためには何としても五輪は開催されなければならない。コロナ対策で選手に無理を強いても、無観客でも、選手たちが参加する場があるだけでもいい。その意味で東京2020は「オリンピックは開催することに意義がある」ことを示した大会であったといえる。

 結果、世界30億人以上がテレビやデジタルプラットフォームで視聴し、東京2020は最も視聴された五輪となった。

 問題はこのオリンピックの意義を訴えるべきリーダーが黙していたことだ。菅前首相も小池百合子都知事も「安心安全な大会」をうたうだけで、「スポーツによる平和」を語ることはなかった。

 本来ならば、日本オリンピック委員会こそが、この理念上のリーダーシップを取るべきであっただろう。競技団体が必死で準備した感染対策とそのデータの有効性が、政治まで届かなかった。そこに登場したのが、オリンピック理念の人、IOC会長トーマス・バッハである。