唾液はどこから出ているのか?、目の動きをコントロールする不思議な力、人が死ぬ最大の要因、おならはなにでできているか?、「深部感覚」はすごい…。人体の構造は、美しくてよくできている――。外科医けいゆうとして、ブログ累計1000万PV超、Twitter(外科医けいゆう)アカウント9万人超のフォロワーを持つ著者が、人体の知識、医学の偉人の物語、ウイルスや細菌の発見やワクチン開発のエピソード、現代医療にまつわる意外な常識などを紹介し、人体の面白さ、医学の奥深さを伝える『すばらしい人体』が発刊された。坂井建雄氏(解剖学者、順天堂大学教授)「まだまだ人体は謎だらけである。本書は、人体と医学についてのさまざまな知見について、魅力的な話題を提供しながら読者を奥深い世界へと導く」と絶賛されている。今回は、著者が書き下ろした原稿をお届けする。好評連載のバックナンバーはこちらから。

阪神大震災が医学にもたらした知見「クラッシュ・シンドローム」とは?Photo: Adobe Stock

小学生のときの被災体験

 27年前の1月17日、私の住む神戸市は大地震の被害にあった。当時、私は小学生だった。

 突き上げるような大きな揺れで目覚めた私は、一体何が起こっているのか、しばらく状況を把握できなかった。地鳴りのような轟音を立てて何度も床が揺れ、そのたび皿やグラスの割れる音が鳴り響いた。

 だが揺れの合間だけは、不気味なほど周囲がしんと静まりかえった。速くなった自分の呼吸音を、真っ暗な闇の中で聞いていた。

 のちに、これが阪神淡路大震災と呼ばれる、当時としては戦後最大規模の地震災害となったことを知った。震災の犠牲者は、6000人以上に達した。

 それから10年ほどのち、私は医学生として医学を学ぶ中で、この震災を何度か振り返ることになった。

 記憶を反芻するたび心は乱れたが、同時に学問的な探究心の高まりもあった。皮肉なことだが、未曾有の大災害が医学の領域にもたらす知見は多いからだ。

 例えば、阪神大震災によって改めて重要性が認識され、その対策が論じられた病態の一つに、「クラッシュ・シンドローム(クラッシュ症候群)」がある。

 長い時間、重い家具やがれきに手足が挟まれたのち救出された人が、腎不全や致死的な不整脈などを引き起こして死亡する、という病態だ。

 なぜこのようなことが起きるのだろうか。

 体の筋肉が長時間圧迫されていると、筋肉が傷害される。すると、筋肉細胞の内容物であるミオグロビンなどのタンパク質、カリウムなどの電解質が大量に漏れ出す。

 がれきに足を挟まれている間、血管は圧迫され、血流は遮断されているため、これらの物質は局所にとどまったままだ。だが、救助される時、つまり圧迫されていた部分が解放された途端、大きな問題が起こる。

 局所的に溜まっていたミオグロビンやカリウムが一気に血流に乗り、全身へと巡ってしまうからだ。多量のミオグロビンは腎臓にたどり着き、腎臓を傷めつけて腎不全を引き起こす。

 また、微妙な電解質のバランスで保たれた心拍動は、高い濃度の血中カリウムによって異常をきたす。致命的な不整脈が起こり、命の危機を招くのだ。

「コード・ブルー」でも話題に

 2017年に放送されたフジテレビ系「コード・ブルー 3rd SEASON」でも、この病態が扱われたことで話題になった。

 ドラマでは、地下鉄での崩落事故に巻き込まれ、がれきの下敷きになった救急医が犠牲になった。救急隊によってがれきが除去され、安堵したのもつかの間、彼の体に心室細動(致命的な不整脈)が起こったのである。

 直前まで元気に話していた人が、救助された瞬間に意識を失い命の危機に瀕する、というショッキングなシーンに、息を呑んだ視聴者も多かったものと思う。

 阪神大震災では、370人以上がクラッシュ・シンドロームの被害にあったとされ、この病名は一般にも広く知れ渡った。その後も、2004年の新潟県中越地震や、2011年の東日本大震災などにおいても数多く報告されている。

 災害は、残酷にも多くの人命を奪う。しかし、救えなかった命を次こそは救うのだと、専門家たちは決意を新たに研究を重ねていく。

 医学という学問は、こうした災害からの教訓を武器に、大きく進歩してきたとも言えるだろう。

【参考文献】
「災害時の圧挫症候群と環境性体温異常」(https://www.naika.or.jp/saigai/kumamoto/atsuza/)

(※本原稿は、ダイヤモンド・オンラインのための書き下ろしです)