三菱商事が「洋上風力の価格破壊」批判に本音回答、実績不足・採算度外視説に大反論Photo:imaginima/gettyimages

秋田県沖の2海域と千葉県銚子沖で計画されている洋上風力発電の入札を巡り、圧倒的な低価格で3海域全てを落札した三菱商事。衝撃的な価格破壊に対し、敗退したライバル各社からは「この価格でサプライチェーンの構築ができるのか」「請負業者は赤字覚悟で受注するしかない」といった声が上がっている。こうした疑問・批判に対する三菱商事側の見解をお届けすると共に、脱炭素の切り札と期待される洋上風力が次世代エネルギー産業の柱となり得るのか探っていく。(エネルギー政策提言集団スキイ)

重電産業の中枢を歩んできた三菱重工の警鐘

 ヘリコプターのコックピットごとプールに沈め、そこから脱出するーー。何とも凄まじい訓練だが、これは軍隊の話ではない。洋上の風車の建設作業を行う資格を取得するために欧州で行われている訓練の様子だ。このエピソードを紹介したのは、2018年に日本風力発電協会の代表理事に就任した加藤仁氏。三菱重工業で大型ガスタービンや風力事業の中枢を歩んできた風力発電の“重鎮”だ。

 資源エネルギー庁は、2018年12月19日、20日、ホームページで加藤氏への詳細なインタビューを掲載した。

「将来はヨーロッパで最大の電源に~拡大する風力発電」

「風力発電は大型化や広域利用も可能な再エネ、政策として産業育成を」

 このインタビューは洋上風力を新しい産業として育てるための露払いともいえるものだった。1年半後の20年7月、経済産業省資源エネルギー庁と国土交通省は、電力、重電、商社、再エネ企業、学識経験者らが委員となる「洋上風力の産業競争力強化のための官民協議会」を設立。加藤氏も委員に就任した。

 洋上風力は菅義偉前首相が官房長官時代から新産業創出を念頭に注力してきたカーボンニュートラルの切り札で、燃料アンモニアやメタネーション(CO2と水素からメタンを合成する技術)、蓄電池など、その後に続いた「官民協議会」の第1弾だった。

 官民協議会は20年12月、国として「30年までに1000万kW、40年までに3000万~4500万kWの洋上風力案件を形成する」という目標を、民間として「国内調達比率を40年までに60%」「発電コストを30~35年までに8~9円/kWh」とする目標を示し、サプライチェーンの構築や人材育成を進めることなどを約束した。

海上開発の産業蓄積がない日本

 この「8~9円/kWh」というのは、事業者の利潤を上乗せしていない発電原価だ。今回、三菱商事の入札価格に関係者が驚いたのは、洋上風力の最初の入札でこの水準をほぼ達成してしまったからだ。

 加藤氏は協会設立前のインタビューで、洋上風力発電を新たな中核産業に育てるための課題として、以下の5点を指摘していた。

①日本には風車メーカーが1社しかいない(19年1月に日立製作所が撤退し現在はゼロ)

②米欧では、陸上風力のマーケットが形成されており、さらに洋上風力が推進されマーケットはさらに拡大した

③洋上風力発電の保守には特別な訓練を受けた技術者が必要

④風車はできるだけ陸上で組み立て、専用船で海上へ運び、海上で基礎の上に設置する。仮組み立てを行う基地港の工場や専用船の初期投資は相当な額になる

⑤日本の平均風速は毎秒6~7m、場所によっては8m。欧州より平均風速が弱い日本は洋上風力の発電コストが高くなる

 協議会はこれらの課題を念頭に議論を尽くして、「発電コストを8~9円/kWhに引き下げるには10~15年かかる」という計画を導き出した。

 洋上風力発電は欧州が本場だ。欧州で活発になった背景には、北海海域で強風が安定して吹くだけでなく、1970年代から本格化した北海油田の開発経験があった。海上油田の掘削や開発、生産に必要な作業経験者を英国やノルウェー、デンマークは育ててきた。この半世紀にわたる産業の蓄積が欧州で洋上風力を開花させたのだ。

 一方で日本には、北海油田のような海洋エンジニアリングの蓄積はない。だからこそ産業として採算が取れる規模の需要が出てくるかが重要だった。そこで国は40年までに3000万~4500万kW(原発にして30~45基分)というビッグプロジェクトを国策として推進する目標を提示した。

 これを受けてエンジニアリング会社やゼネコンが、モノパイルという基礎杭の工場やSEP船と呼ばれる専用作業船の建造などに数百億円規模の設備投資を決めた。このような先行投資をした企業にとって、三菱商事の低価格落札は「洋上風力が産業として成立するか、大きな不安」(ゼネコン企業)となった。

 次ページでは、洋上風力の入札を巡る“価格破壊ショック”など業界内でささやかれている不安について、三菱商事側の見解を詳報しつつ、洋上風力発電の未来を読み解いていく。