社会派ブロガー・ちきりんさんがダイヤモンド社から刊行する、累計40万部を超える人気シリーズ。その2冊目『マーケット感覚を身につけよう』は、多くのビジネスパーソンが絶賛し、単独でも11万部を超えるベストセラーになっています。
しかし、「マーケット感覚」という言葉を初めて聞いたという人もまだ多いはず。そんな方のために、「マーケット感覚とは何か?」「なぜ、これからの時代に必要なのか?」をするどく解説した文章を、ちきりんさんのブログより転載し公開します。
※この記事は、2015年2月20日公開の「Chikirinの日記」を一部編集したものです。
本日より、『マーケット感覚を身につけよう』が、都内大手書店、ネット書店から順次発売です。
この本は、市場=マーケットで取引される「価値」について書かれた本です。
市場と言えば株式などの金融市場、青果市場や魚市場、もしくは原油市場などを思い浮かべる方が多いでしょう。
でも今は、職業だって市場の中で大きく需給が変動します。
昔は「めっちゃ儲けてる」イメージも強かった歯医者さん。今は(特に都市部では)需給バランスが完全に壊れ、ものすごい過当競争になっています。
1986年頃、歯科医は人口10万人に対して36人ほど、かつ、みんな何本も虫歯を抱えていたので、その需要は非常に大きなものでした。
このため、「歯科医は将来にわたって儲かる有望な職業」というイメージが拡がり、多くの人が歯科医を目指した結果……
今や人口10万人あたりの歯科医数は77人以上と当時の倍以上。そういえば、うちの最寄駅前も歯医者だらけです。(=供給の急増)
ところが今後は人口も減るし、予防知識が拡がったことで虫歯になる子どもも急減しています。
下記の記事によると、今の子どもの虫歯数は30年前(1984年頃)の5分の1だとか。(=需要の減少)
↓
中学1年の虫歯本数は1人平均1本で、30年前の約5分の1となったことが23日、文部科学省の2014年度学校保健統計調査(速報値)で分かった。
治療が済んでいない未処置歯がある割合も、幼小中高生の全ての段階で過去最低。同省は「歯磨き指導の成果で、早期治療や予防の意識が高まった」と分析している。(時事通信)
一方、歯学部の学費は6年間で国立大学で数百万円、私立だと2500万円から3000万円!
もちろん加えて生活費も必要だし、
ほぼ必須といえる開業費用も、都市部では数千万円(+銀行から借りる場合、利子も必要!)と、めちゃくちゃ高額です。
親(&義理の親)から歯科医院を受け継ぐ場合でも、古びた数十年前の設備では、この過当競争の中、患者獲得もままならず、結局は最新の治療機器導入や内装リフォームに多額の資金が必要となります。
そんな大金をぶっこんで、こんな需給バランスの崩れた市場に参入して「どないすんの?」って思いますけど、
当時は、歯医者にしろ弁護士にしろ
「手に職さえ付けたら一生安泰!」
「国家資格は最強!」
「教育投資は必ず報われる!」
と、無思考に信じてた人、てか親がたくさんいたのでしょう。
これは30年で市場の状況が完全に変わってしまった例ですが、30年って、ちょうど「親と子の就職時期の間隔」なんですよね。
親世代の経験知が子どもにはいかに役立たないか、よくわかる事例です。
★★★
需給バランスが崩れたので、インプラントや審美歯科といった高額な自由診療を積極的に勧めるとか、業界コンサルタントを雇ってアピールに務めるとか、どこも必死で考えます。
とはいえ審美歯科に大金を払える客なんて限られてて、そういった顧客を集めようと思えば、それこそ内装や立地(家賃)に(さらに)お金がかかります。
その上、大半の歯科医が同じ方向で考えるので、結局どこもかしこも過当競争……。
職業が需要と供給(市場の原理)に大きく振られるのは、難しい資格を持っていようとなかろうと、全く同じです。
プログラマーもゲームクリエイターも、写真家もライターも、ラーメン屋も牛丼屋も、経理担当者も法律家も教育者も、みーんな市場の中で生きていく時代になっているのです。
★★★
でもね。歯医者は供給過剰でも、周辺には「市場に提供されていない価値」が、まだたくさんあります。
供給過剰だ、過当競争だ、というのは、「市場が求める価値がすべて充足されている」という意味ではないんです。
たとえば「歯磨き屋さん」的なビジネス。
歯科治療をするわけではなく、歯磨きだけしてくれる。正しい歯磨きの方法を教えてくれたり、お任せで歯磨きをしてくれたり。
「お任せ歯磨きのコース」は、
・5分 お手軽コース
・10分 しっかりコース
・15分 完璧コース
とか。
外出先でランチを食べた後、午後に大事なアポがある時とか、ちょっとお願いしたいと思いません?
(ブラシ部分の)経費だけ払えば、各種の電動歯ブラシの試し使いができたり、初心者には使い方が難しい歯間ブラシの使い方を教えてくれたり、市販のフッ素コート剤の塗り方を教えてくれたりする。
そういう「プロフェッショナル歯磨き屋さん」があったら、行ってみたくない?
永久歯に生え替わった小学生の子どもを1時間、歯磨き屋さんに預けたら、その間に
・歯磨き状況の診断
・歯磨きの方法の練習
・最後に、各10分ずつの完璧な歯磨き
をしてくれる。
んで、その間、お母さんは買い物でも美容院でも行ってきていいですよ、っていう「歯磨き屋さん」がモールの中にあったら……?
もちろん高齢者ニーズもあります。
最近は歯周病菌が糖尿病や高血圧などの全身疾患を悪化させるって言われてますが、中高年以上の人には「正しい歯磨き方法」を習ったことがない人も多い上、全く歯のメンテに行ってない人もいる。
介護を受けているような状況の人だと、ほとんど歯が磨けてない人もいます。
そういう家族がいる場合、一週間に一度でも「歯磨き屋」できちんと歯磨きして貰いたい、そういう人や、常連さんになりそうな人も、そこそこ多いのでは?
★★★
ちなみに、ほんとに“歯磨き”だけやるなら資格は不要です。(今でも“耳かき屋”と同じ方向での歯磨き屋さんはあるらしい)
ただし、歯磨き指導をしたり歯石を除去したりとなると、歯科衛生士という資格が必要になります。
ところが日本では、歯科衛生士には開業権がありません。つまり、自分で独立して上記のようなお店を開くことはできないんです。
治療より予防の方がコストが安いのはどの分野も同じだし、医療費の抑制は今や国家的な重要課題です。
歯学部をでて歯科医を開業するには何千万円もかかるけど、歯科衛生士になる費用は、それに比べれば桁違いに安く(専門学校3年)、
将来開業できることになっても、高額な治療機器やレントゲン施設も要らないんだから、料金設定だって相当安くできます。
海外には歯科衛生士が独立して予防歯科に貢献してる事例もあるわけで、市場のニーズも強い、国家財政にも貢献するとなれば、将来、規制が変わる可能性は十分にあるでしょう。
そのうえ、今、衛生士になってる人は最初から独立できないと理解して、その職業を選んでる人ばかりだから、将来開業できるようになっても、みんなが一気に独立するとも思えません。
駅前に10軒の歯医者と、1軒のデンタル・クリーニングショップがあったら、どっちが流行りそう?
歯医者が転業して参入してくるかもって?
できないでしょ。すでに数千万円もの初期投資をしちゃってるんだから。
★★★
今回の新刊で書いたのは、「これから市場はどうなるの?」って考える力をつけましょうという話です。
どんな分野であれこれから必要になるのは、「市場が求める価値を見極める力」です。
そしてそれは、すべての分野で必要になるんです。公務員だろうと、資格職業だろうと、教育機関だろうと、どこでも。
この力が無いと、これからはホントに苦労します。いくら学校に授業料を払って勉強しても、難しい資格をとっても、それだけじゃダメなんです。
詳しくはコレ、読んでください。本日発売です。
そんじゃーね。