唾液はどこから出ているのか?、目の動きをコントロールする不思議な力、人が死ぬ最大の要因、おならはなにでできているか?、「深部感覚」はすごい…。人体の構造は、美しくてよくできている――。外科医けいゆうとして、ブログ累計1000万PV超、Twitter(外科医けいゆう)アカウント9万人超のフォロワーを持つ著者が、人体の知識、医学の偉人の物語、ウイルスや細菌の発見やワクチン開発のエピソード、現代医療にまつわる意外な常識などを紹介し、人体の面白さ、医学の奥深さを伝える『すばらしい人体』が発刊された。坂井建雄氏(解剖学者、順天堂大学教授)「まだまだ人体は謎だらけである。本書は、人体と医学についてのさまざまな知見について、魅力的な話題を提供しながら読者を奥深い世界へと導く」と絶賛されている。今回は、著者が書き下ろした原稿をお届けする。

【外科医が教える】がん手術で「開腹したけれど手術できず…」が減った理由とは?Photo: Adobe Stock

『白い巨塔』と現代医療の違い

 1960年代に刊行された『白い巨塔』(新潮社、山崎豊子著)は、大学病院を舞台に繰り広げられる権力闘争や医療の矛盾を描いた小説である。

 何度もドラマ化され、そのストーリーはお茶の間に広く知れ渡っている。あまりに有名なため、医療現場では「白い巨塔の時代とは違って今は…」と古い体制を引き合いに出し、治療の変化について説明されることもよくある。

 例えば、「お腹を大きく切り開いたものの、がんがあまりに進行していて何もできず、結局そのままお腹を閉じて手術を終える」という医療行為は、「白い巨塔の時代」に比べると随分少なくなったと思われる。

 小説『白い巨塔』の主人公、財前五郎は胃がん手術の名手であったが、権力の絶頂期に自らが胃がんにかかってしまう。手術を受けることになったものの、腹腔内に無数のがんが広がっていることが手術中に判明。結局そのままお腹を閉じ、何もせずに手術は終わる。

驚くほど進歩した手術前の診断

 切除不能、いわゆる「インオペ(inoperable; 手術不可能)」の状態だと判断されたのだ。

 確かに、今でもこうした手術がやむをえない場面はあるが、以前より頻度は低くなっている。その理由は、主に二つあると思われる。

 一つは、術前診断の精度が上がったことだ。

 「白い巨塔の時代」に比べると、CTやMRI、核医学検査など、画像検査の性能は驚くほど進歩し、内視鏡検査の映像は目を見張るほど精細になった。

 がんがどのくらい進行しているかが、「お腹を開ける前」に正確に認識できるようになってきたのだ。むろん、今でも“お腹を開けて初めて分かる事実”は少なからずあり、術前診断の限界を感じる場面は多々あるが、「白い巨塔の時代」とは比べ物にならないほど検査の質が向上したのは間違いない。

 もう一つは、腹腔鏡の活用である。

 腹腔鏡を使えば、お腹に小さな穴を開けるだけで中を観察できる。腹腔鏡の映像は今や驚くほど精細で、かつカメラはお腹の中の奥深くまで入り込める。

 腹腔内の観察を主目的とした手術は「審査腹腔鏡」と呼ばれ、どちらかといえば「手術」より「検査」に近い(全身麻酔手術には違いないが)。

 財前が受けた手術に比べると、体への負担は非常に小さい。手術では切除できないくらい進行していることが分かっても、次の治療にスムーズに進みやすいのが利点だ。

 近年は、腹腔鏡で観察した後、がんの組織を一部採取し、これを調べてがんのタイプを知り、それに合った抗がん剤を使用する、といった方針をとることもある。

「がんの個性」に応じて戦い方を選ぶ現代のがん治療は、「白い巨塔の時代」にはありえなかった。がん治療は比較にならないほど進歩したのである。

(※本原稿はダイヤモンド・オンラインのための書き下ろしです)