大一番の前日に1時間の対話
試合の「本当の目的」を確認

小林 最後の最後、村田選手とはどんなセッションを経験したのですか?

ウルヴェ 試合前日、4月8日夜のメッセージでのやりとりは1時間くらい、何のために戦うのか、村田さんはしっくりくる言葉を見つけるまでご自身と対話を繰り返しました。そのご様子は、私から見れば壮絶に感じました。

小林 村田選手は、最後まで何を求め続けていたのでしょう?

ウルヴェ 村田さんにとっての試合の本当の目的を確認しました。「逃げられない目的がありますよね?」という質問から村田さんはご自身の考えを整理しました。最初は違う言葉しか出てきませんでしたが、ご自身で何かしっくりされなかったようで、何度も書くうちにご自身で腹座りする、納得できる言葉を見つけました。

 番組でもありましたが、「ビビりで何が悪い ビビりでビビって、それでも向かっていく姿が勇気であり、何も感じない、動じない人の勇気とは、また違った勇気があるんだ、それはそれで立派な勇気じゃないか ビビりながら向かっていって、今までの自分を超える その勇気を自分に見せてやれ」というメッセージを書かれました。どんなアスリートでも本当の自分にとっての「試合の意味付け」は当日の実力発揮に最も大事です。もちろん、「勝つ」という言葉は、一切出ることはありません。

小林 そして村田選手は、見た者の心を深く揺さぶる試合を展開しました。勝ったか負けたかの結果を忘れるくらい、戦う姿が頼もしかったし、ゴロフキンとの攻防は見応えがありました。番組の最後で村田選手自身が語っていました、「メンタルトレーニングがあったから、ゴロフキン戦がすごく意義ある試合になった」。

 私は、世界で戦うチャンピオン・レベルの選手だけでなく、小学生も中学生も、「何のためにスポーツに取り組むのか」、日本のあらゆる世代の選手がメンタルトレーニングで意義や目的を自問自答する習慣を持ったらいいのにと感じました。私の印象では、日本のスポーツ現場ではどうしても「勝つこと」が最大の目的に位置付けられていて、選手自身の素直な気持ちとずれていても修正されない環境が大勢のように感じます。

ウルヴェ 現場の競技の指導者でそれができている方々はいます。スポーツ心理学を専門にしておられる指導者などもいらっしゃいます。一方で、小林さんがもしもそういったことが日本で浸透していないとお感じになるのなら、それは、リテラシーを広める必要があるのだとも思います。

 そもそも、スポーツ心理学とは何か、メンタルトレーニングとはどういう領域を含むものなのか、スポーツ心理学の専門家のクオリティーはどうやって検証すればいいのかといったリテラシーです。その意味で、村田さんのような超トップアスリートの心の動きをご本人が記録に残したい、後輩に伝えたいと思われたことは勇気あることだと思います。

田中ウルヴェ京(たなかウルヴェ・みやこ)
スポーツ心理学者(博士)/五輪メダリスト/慶應義塾大学特任准教授
1967年東京生まれ。88年にソウル五輪シンクロ・デュエットで銅メダル獲得。10年間の日米仏の代表チームコーチ業とともに、6年半の米国大学院留学で修士号取得。2021年、慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科博士課程にて博士号取得。日本スポーツ心理学会認定スポーツメンタルトレーニング上級指導士、国際オリンピック委員会(IOC)マーケティング委員、IOC認定アスリートキャリアトレーナー、スポーツ庁スポーツ審議会委員。トップアスリートをはじめアーティスト、経営者、研究者といったトップパフォーマーの心理コンサルティングに携わっている。 報道番組のコメンテーターとしてレギュラー出演。夫はフランス人、1男1女の母。

【訂正】記事初出時より以下の通り訂正します。
15段落目:「10月頃」→「11月」
(2022年6月7日19:41 ダイヤモンド編集部)​