私たちの生活を前進させるイノベーションは各分野で起きているが、特に医療における発明は人の生死をも左右するため、極めて重要な意味を持つ。『すばらしい人体』では、自分たちの身体が持つ優れた機能を学べるとともに、医療分野で功績を残した偉人たちについても解説している。驚くべきことに、今や医療現場で欠かせないパルスオキシメータを発明したのは日本人だという。世界中の医療現場に変革をもたらしたパルスオキシメータ。一体、どんな点で画期的だったのだろうか。ブログ累計1000万PV超、Twitter(外科医けいゆう)アカウント9万人超のフォロワーを持つ著者の山本健人氏に詳しく聞いてみた。(取材・構成:真山知幸

日本人の大発明!コロナ禍で活躍した革命的な「医療機器」とは?Photo: Adobe Stock

日本人による大発明

――私は歴史上の偉人をテーマに執筆活動を行っています。『すばらしい人体』では多くの偉人たちも登場しますね。医療機器パルスオキシメータが日本人による発明だったとは知りませんでした。パルスオキシメータは、どういった点で画期的なのでしょうか。

山本健人(以下、山本):パルスオキシメータは、患者の指先に装着するだけで「体の中で酸素が足りているかどうか」という酸素飽和度をリアルタイムで測定できます。この「リアルタイム」というのが非常に重要なんですね。

なぜなら、例えば重度の肺炎などで、酸素飽和度が刻一刻と変化することがあります。たとえ採血した瞬間に問題ない数値だとしても、30秒後には悪化しているかもしれません。だからといって、そんなに頻繁に採血したら、何度も注射針を刺される負担に、患者さんは耐えられなくなるでしょう。

パルスオキシメータを使えば、酸素飽和度に異常がないかどうかを体温や脈拍、血圧と同じようにリアルタイムで計測(推測)できます。今や医療現場では欠かせない、極めて重要な医療機器といえます。

革命的な医療機器

――サイズは小さいですが、パルスオキシメータは医療現場において革命的な医療機器だったんですね。

山本:ただ、医療従事者なら誰もが知っているものですが、体温計や血圧計のように、健康診断や家庭での自己管理に使われるものではありません。そのため、多くの人にとってパルスオキシメータは、せいぜい「救急車で運ばれたときに指につけられた」といった経験があるくらいだったと思います。

ところが、コロナウイルス感染症の拡大によって、パルスオキシメータの存在が急速に知られることになります。コロナによる肺炎は、酸素飽和度が下がっても息苦しさが軽いことがあり、時に自覚症状がないまま悪化していくという特徴が知られていて、「ハッピー・ハイポキシア(happy hypoxia:幸せな低酸素血症)」と呼ばれています。

つまり、厄介なことに、体に酸素が足りないのに、本人は呼吸の苦しさを感じないことがあるんですね。自覚症状がなければ、数値で判断するほかありません。パルスオキシメータは、こういう場面でも有効に使えます。

パルスオキシメータは、医療機器メーカー日本光電に勤めていた研究者の青柳卓雄さんが1974年に発明したものです。もし、今の時代にパルスオキシメータがなかったら、コロナによる被害はより深刻なものになったに違いありません。

開発者のすごい発想

――パルスオキシメータの発明によって、救われた命がたくさんあるんですね……。それほど重要な医療機器だとは知りませんでした。なぜ指先を挟んだだけで、体内の酸素量がわかるのでしょうか。

山本:まず、酸素飽和度がどういうものかを説明しましょう。赤血球にはヘモグロビンという物質が含まれていて、赤血球はヘモグロビンに結びついた酸素を体のすみずみまで運んでくれます。

ヘモグロビンをトラックの荷台だとすると「ほぼすべてのトラックが酸素を運搬している」のが正常な状態です。

もし、「トラックの80%くらいしか酸素を運搬していない」となると、体の状態は非常に悪いということになります。このパーセンテージが酸素飽和度という数値です。

この酸素飽和度を、採血ではなくリアルタイムで測定するにはどうすればよいのか。青柳さんは考え抜いた末、ヘモグロビンが酸素と結合しているときと、結合していないときとでは、見た目が異なることに着目します。

その違いとは「赤い色の光を吸収する度合いの差」(吸光特性の差)」から生まれるものです。つまり、酸素を多く含む血液は鮮やかな赤色に見えますが、酸素の少ない血液は暗い赤色に見える。

それならば、皮膚の表面から、この赤みの差を観測できる医療機器を作れば、酸素を運んでいない赤血球の割合がわかる。つまり、酸素飽和度が測定できるはず……。そんな青柳さんの発想から生まれたのが、パルスオキシメータです。

もしかしたら、パルスオキシメータを指に挟む際に、マニキュアをとるように言われた人もいるかもしれません。それは指先に色が付いていると、それがノイズとなって正確な値が測定できなくなるからです。

当初は注目されなかった

日本人の大発明!コロナ禍で活躍した革命的な「医療機器」とは?山本健人(やまもと・たけひと)
2010年、京都大学医学部卒業。博士(医学)外科専門医、消化器病専門医、消化器外科専門医、感染症専門医、がん治療認定医など。Twitter(外科医けいゆう)アカウント、フォロワーもうすぐ10万人。著書に16万部突破のベストセラー『すばらしい人体』(ダイヤモンド社)など。

――そのうえで、パルスオキシメータは酸素飽和度の推定値を「パーセント」で瞬時に算出してくれるわけですか。指に小さなキャップをつけておくだけで……。とてつもない利便性ですね。発明して瞬く間に世界に広がったことでしょう。

山本:ところが、そうはならなかったんです。発明当時はそれほど注目されなかったようで、機器の開発を一時中断したこともあるくらいです。

その後、次第に必要性が理解されるようになり、1988年に再度、発売を開始します。きっかけは、全身麻酔中に患者さんが酸素不足で亡くなることが相次いだことです。全身麻酔中は患者さんが息苦しさを訴えられません。

そこで、数値で酸素飽和度をリアルタイムで測定できる、パルスオキシメータの価値が世界中で知られるようになったのです。今となっては「パルスオキシメータがない医療現場」は考えられません。

潜在的なニーズを掘り起こす

――アメリカの企業家ヘンリー・フォードは、大衆向けの自動車T型フォードを発明して、大ヒットさせたときにこう言っています。「みんなは自分たちが何を望んでいるのか、こちらがいうまではたいていわからないものだ」と。パルスオキシメータも、そんな発明の一つなのかもしれません。

山本:そうですね。潜在的なニーズを掘り起こす難しさは、多くのビジネスでも、共通することかもしれません。

医療の世界では、パルスオキシメータ以外にも、画期的な発見や発明がなされてきました。その結果、医療は大きく発達し、私たちはその恩恵を日々受けています。そのことも、この『すばらしい人体』を通じて、私が読者のみなさんに伝えたいことの一つです。

すばらしい人体』では、身体が持つすばらしい機能を探求した先人たちの挑戦も紹介しています。その奮闘ぶりを知ることは、これからの未来を描くうえでも、大きな励みになるのではないでしょうか。
(了)