自分の体がいかに日常生活を支えてくれているのか。意外と私たちはそのことに気づかずに日々を暮らしている。『すばらしい人体』を読んで、多くの読者がそのことに驚いたのだろう。自分たちの体が持つすばらしい機能を解き明かす同書は、今も新しい読者が増え続けている。何気ない動作の裏にある体の有能な働きぶりについて、ブログ累計1000万PV超、Twitter(外科医けいゆう)アカウント9万人超のフォロワーを持つ著者の山本健人氏に詳しく聞いてみた。(取材・構成:真山知幸)
頭を揺らして読んでみると…
――『すばらしい人体』を読むと、何気ない日常の動作が、優れた体の機能によって、いかに支えられているかを知ることができます。頭を動かしても字が読めるのは、何気にすごいことだと本書で気がつきました。
山本健人(以下、山本):歩きながらスマホで風景動画を撮影してみると、よくわかります。映像は結構、上下に揺れてしまうはずです。
つまり、歩行時にはそれだけ頭が上下運動をしているんですよね。それにもかかわらず、私たちは歩きながら文字を認識できます。視界が揺れないように、かなり細かい目のコントロールが自然となされているからです。
もし、スマホでこの記事を読んでいる人がいたら、まずは頭を揺らしながら、読んでみてください。次に、スマホのほうを揺らして、読んでみたらどうでしょうか。頭を揺らすほうがはるかに読みやすいですよね。
視線のブレを防ぐすごい機能
――確かに、頭を揺らしても文字を読むのには支障はありませんね。スマホを揺らすと読むのが大変ですが……。本に書かれた文字で試してみても、よくわかりますね。
山本:これには「前庭動眼反射」という機能が関与しています。まず耳の奥にある前庭や半規管という器官が頭の動きを感知します。
そして瞬時に逆方向に眼球を回転させて、視線のブレを防いでいるのです。すごい機能だと思いませんか?
走っているときは、さらに頭の上下運動は激しくなります。仮に走りながらスマホで動画を撮影したら、見るに堪えない映像が撮れることでしょう。
ところが、私たちの視界は走行中も揺れることはありません。走りながら標識を読むこともできるし、人をよけながら走ることもできるわけです。私たちの目は、かなり高性能なカメラだといってよいと思います。
実弾と空砲
――もっと自分の目を褒めてあげて、大切にしなければなりませんね。本書で体が持つ機能のすばらしさを伝えようと思ったのはなぜですか。
山本:私は医師を志してから、ずっと医学に触れてきました。そうして体の機能を体系的に学びながら、臨床の現場では外科医として、体の機能を失った患者さんと直接的に接し続けています。
そのなかでも印象に残っているのが、肛門の手術を受けた私の知人の言葉です。肛門の機能が落ち、おならと便の区別がしにくくなったので「実弾と空砲の区別がつかない」とこぼしました。
表現こそユニークですが、深刻な悩みです。人間の肛門には、瞬時に「気体か個体かを判断する」優れた機能が備わっている。
肛門の機能を失って、知人は初めてそのことに気づいたわけです。この肛門の話に通じるものが、体の各器官であるのではないか。そう思って、私は本書を通じて「人体のすばらしさを伝えたい」と考えました。
医学は身近な学問
2010年、京都大学医学部卒業。博士(医学)外科専門医、消化器病専門医、消化器外科専門医、感染症専門医、がん治療認定医など。Twitter(外科医けいゆう)アカウント、フォロワーもうすぐ10万人。著書に16万部突破のベストセラー『すばらしい人体』(ダイヤモンド社)など。
――機能を失ったときに初めて、いかにその機能が優れていたのかに気づくわけですね……。
山本:人体のなかには、そういった「普段は全く気づいてないけれど、その機能がなかったら生活が全く成り立たない」という機能が実はたくさんあります。
そんな体が持つ知られざる機能について知ることは、医学を学ぶおもしろさでもあります。
考えれば考えるほど、医学はものすごく身近な学問ですよね。自分の体のことですから。ただ、だからこそ、身体の機能を当たり前のことだと私たちは軽視しがちです。
ぜひ本書をきっかけに、医学を学ぶ楽しさに触れてみてください。体が持つすばらしい機能を、改めて実感してもらえればうれしく思います。