図鑑と言えば昆虫や動物、植物などがテーマの子ども向けのものが真っ先に思い浮かぶ。実は、子ども向け図鑑は今がブームの真っ盛り。2009年に小学館から発売された『くらべる図鑑』が火を点け、各出版社からそれこそ雪崩のごとく様々な図鑑が出ている。『くらべる図鑑』はシリーズで100万部を突破する異例のヒットとなった。
そのブームにあやかっているわけではないが、大人向けの図鑑も秘かなブームだ。サブカルチャー系ではあるが、昔からあるような『女子高校制服図鑑』といったオタク男子御用達のものではない。
代表選手が2011年12月に発売された『おじさん図鑑』(小学館)だ。話題になり、あれよあれよという間に今や13万1000部。サブカル系では異例の数字をたたき出している。担当編集者の小林由佳氏に聞くと、購読者層は20代から60代まで幅広く、円グラフにすると各世代がちょうどケーキを等分したように同じ割合になるという。
男女比も同様だ。「50代以上のおじさんは自分たちが取り上げられていることが嬉しくて購入する。30~40代の男性はおじさん予備軍として興味があるから買っているようだ」と小林氏は言う。
不思議なのが20代女性の購入者が意外に多いこと。「別に枯れセン趣味ではなく、単におじさんという存在がツボで、キャラクターとして好きだからという購入者が多い。それに、おじさんは結論をズバッという、自分のやりたいことしか考えていない、カッコつけていない、大らか……など、今の若い子にとって参考になる点がたくさんある。そんなところが(あくまでも恋愛対象ではなく)好きと肯定的に見ている人たちも多く、手に取る動機になっている」(小林氏)
『おじさん図鑑』は中身も非常によくできている。イラストがほのぼのしていて、おじさんを図鑑にするという企画にピッタリのタッチ。そして、秀逸なのが「制服のおじさん」「暇そうなおじさん」「ハイウエストのおじさん」「全身茶色っぽいおじさん」などに分類され、各カテゴリーで微妙に違う各おじさんを比べられる一覧性があることだ。
まさにこれは本格的な図鑑のつくりそのもの。小林氏はもともと植物図鑑の編集者であり、「普通の草とか木や花を紹介する見せ方でおじさんの違いを見せたらわかりやすいのでは」という発想があった。これもヒットの要因だろう。
一方、『おじさん図鑑』の緩さとは対極的な図鑑も健闘している。『美坊主図鑑』(廣済堂出版)だ。本のタイトルからもわかるように、イケメンの若手僧侶40人をそれらのスペック(プロフィール)まで細かく紹介する内容で、1万8000部を売り上げている。
いわゆる「寺ガール」や「仏像女子」など、女性が仏教にハマっている素地があり、震災を機にそれらの気運も高まっていた。そこにイケメンというスパイスを加え「萌え」なテイストに仕上げたのが人気につながった。
ただし、中身は「図鑑」というよりは写真集、あるいはフォトブックの体裁だ。イケメン僧侶1人ひとりをビジュアルメインで紹介するのみで、図鑑的なパッとページを開いた時の一覧性などはない。
図鑑とは銘打ってないものの、同じようなフォトブックスタイルで佐川急便のイケメン会社員51人を紹介する『佐川男子』(飛鳥新社)も2万部と好調だ。これももともとあった「佐川萌え女子」などのブームが背景にある。
「景気が悪くなり、女性の価値観が保守化し、生活力があり、たくましい、優しいといった古典的な男性観が復権している。佐川男子のイメージはそれと重なる」(飛鳥新社の担当編集者)。『美坊主図鑑』の人気も古典的な男性観の復権と無縁ではないだろう。
しかし、これらのフォトブックタイプは図鑑的なつくり込みが薄いぶん、『おじさん図鑑』のような大ヒットには至っていない。一覧性、わかりやすさ、比較など、図鑑ならではの楽しさ、面白さの有無が差となって表れているとも言える。
いずれにせよ、大人向けで、サブカルで、素人を扱った図鑑は、程度の差はあれどウケはいいようだ。「AKB、ももクロなどのヒットに見られるように、今の人たちは身近な中からいいものを見つけたいという気持ちが強い」と、前出の小林氏は人気の裏側を語る。『佐川男子』のヒットにあやかり、『自衛隊男子』などの出版も計画されているようだ。「大人×サブカル×図鑑×素人」の構図は、今後も出版界で秘かにブームが続きそうな気配だ。
(大来 俊/5時から作家塾(R))