多くの日本人は気づいていなかったが、2000年以降のアメリカでこの100年起こっていなかった異変が進行していた。発明王・エジソンが興した、決して沈むことがなかったアメリカの魂と言える会社の一社、ゼネラル・エレクトリック(GE)がみるみるその企業価値を失ってしまったのだ。同社が秘密主義であることもあり、その理由はビジネス界の謎であった。ビル・ゲイツも「大きく成功した企業がなぜ失敗するのかが知りたかった」と語っている。その秘密を20数年にわたって追い続けてきたウォール・ストリート・ジャーナルの記者が暴露したのが本書『GE帝国盛衰史 「最強企業」だった組織はどこで間違えたのか』(ダイヤモンド社刊)だ。電機、重工業業界のリーダー企業だったこともあり、常に日本企業のお手本だった巨大企業の内部で何が起きていたのか? 世界中から注目され、GEの新たな事業の柱になるはずだったデジタル・ソリューションは、その触れ込みとの大きな落差が存在した。(訳:御立英史)

プレディクスPhoto: Adobe Stock

プレディクスで成果を出せ

 社内には、プレディクスを使って成果を出せ、という経営陣からのプレッシャーがあった。だが、そのために必要となる面倒なプログラム開発を躊躇する部門もあれば、プレディクスとは別に独自のソフトウエアツールを開発しようとする部門もあった。イメルトは幹部社員に、自説に固執したり、会社の方針に文句を言ったりするなと釘を刺した。「プレディクスを尊重しろ、という掛け声が社内に飛び交った」と言う幹部もいた。

 そのうち営業部隊は、まだソフトの開発が終わっていないことを、顧客に見透かされるのではないかと懸念しはじめた。顧客は証拠を見たがったが、見せられるものはほとんどなかった。またしても、製品よりマーケティングが先行したのだ。それどころか、営業担当者はプレディクスで実際に何ができるのか、よくわかっていなかった。熟知している製品やサービスではなく、理解するのも説明するのも難しい、高度な分析ソフトのプラットフォームを売ることに戸惑っていた。

 ついに進退がきわまった。幹部会議でだれかが、「これ以上プレディクスを進める意味があるのでしょうか」と疑問を口にした。イメルトはこの発言に怒って、即却下した。進めることに議論の余地はなく、命令に変更はない。とにかく完成させるんだ、と語気を荒げた。

「何を売ろうとしているのかわからない」

 GEは、あらゆるデジタルデータが集まるエコシステムを構築し、顧客が機械をプレディクスに接続するだけで多様なメリットを享受できるソリューションを提供したいと考えていた。

 だがプログラマーたちは、イメルトや上層部はプレディクスに熱心な割にはソフトウエア開発というものを理解しておらず、それが計画の進展を妨げていると感じていた。

 GEは、コンクリートの基礎打ちから始めて、独自のデータセンターを建設することも計画した。顧客の全データを保管するクラウドを自ら所有し運営しようとする意気込みは伝わるが、それを一からやるには絶望的な時間と莫大な費用がかかる。おまけに、すでにアマゾンやマイクロソフトが、数十億ドルを投じて似たようなサービスを提供している。遅れてやってきたGEが、なぜそれをまねようとするのか。

 また、出自の異なる多くのものを一つのプラットフォームに乗せようとすると、起こって当然と思える問題が発生した。世界中のセンサーから時々刻々大量のデータが送られてくるが、それぞれ異なるコードが使われているので、すべてを同じプラットフォームで処理しようとすると、アプリの動作が極端に遅くなってしまうのだ。

 一方でGEは、プレディクスに使えるさまざまなツールを開発している企業の株式を購入した。それによって新たな機能が追加されたが、同時に、プレディクスのコード体系はますます手に負えなくなった。その結果、バグが多く、ユーザーインターフェースが難解で、約束した機能が発揮できない結果になってしまった。

 勝てないと判断したGEは、ついに戦略を転換した。だがそのとき、すでにケーキはオーブンの中で焼きはじめられており、すぐに食べられると期待している客がテーブルに着いていた。広げた大風呂敷が膨大なコストと社員の混乱を生んだ。

 説明会が終わったニューヨーク証券取引所では、投資家や記者たちが会場をあとにし、降りのエレベーターに乗り込みはじめた。ドアが閉まる直前、GEヘルスケアの若い男性社員2人が入ってきた。自社のデジタルサービスに関する不用意なひそひそ話が、奥にいたウォール・ストリート・ジャーナルの記者の耳に届いた。

 一人が「料金の問題は解決したのか?」とたずねると、もう一人が自嘲的な口調で答えた。「それ以前に、何を売ろうとしているのかがわからないんだ」