頭のいい人は、「遅く考える」。遅く考える人は、自身の思考そのものに注意を払い、丁寧に思考を進めている。間違える可能性を減らし、より良いアイデアを生む想像力や、創造性を発揮できるのだ。この、意識的にゆっくり考えることを「遅考」(ちこう)と呼び、それを使いこなす方法を紹介する『遅考術――じっくりトコトン考え抜くための「10のレッスン」』が発刊された。
この本では、52の問題と対話形式で思考力を鍛えなおし、じっくり深く考えるための「考える型」が身につけられる。「深くじっくり考えられない」「いつまでも、同じことばかり考え続けてしまう」という悩みを解決するために生まれた本書。この連載では、その内容の一部や、著者の植原亮氏の書き下ろし記事を紹介します。
因果関係という視点なしに、人間の営みや歴史は語れない
世の中には、当たり前すぎて、改めて考えたり、論じられたりされないものがしばしばある。そのうちの1つが因果関係だ。しかし、じつは因果関係はそのもの自体が人間にとって決定的に重要なものなのである。
たとえば、科学には原因の特定を課題としているという側面がある。さらにテクノロジーは、物事の制御を目指しているから、因果関係の正しい理解に立脚して成り立っているわけだ。
今回は、因果関係という視点なしに人間の営みや歴史は語れない、ということを説明していく。
「人間」「科学」「因果関係」のかかわり
現代に至るまでの人間という生物の発展は、科学とテクノロジーの力に負うところが大きい。そして科学とテクノロジーという営為はともに、因果関係と深く結びついている。その意味で、われわれ人間が自分自身の営みや歴史を理解しようとするとき、因果関係という視点は不可欠なのだ。
科学の重要な役割として、この世界の中で起こる現象を因果関係という点から明らかにすることがある。言いかえれば、できごとの原因の特定だ。「船乗りたちが壊血病にかかったのは、ビタミンC不足のせいだ」と述べるのは、まさに壊血病が起こった原因について明らかにしている。「地球温暖化は温室効果ガスの増加による」というのも、科学によって明らかにされた因果関係にほかならない。
一方でわれわれは、必ずしも「科学的」であるとは言えない直観にもとづいて、因果関係を捉えようともする。壊血病にかかっている人が怠けているのを見て「怠けているのが原因なのではないか」といったように、何らかの仮説がすぐに思い浮かぶのである。
しかし、残念ながら、そうした直観による因果関係の把握はよく行われるものの、いつでも信頼できるとは限らない。そこで、因果関係をできるだけ高い精度で正しく捉えるための実験や調査の手法を確立し洗練させ続けてきた。これが、科学という営みの重要な特徴なのである。
因果関係を把握する重要性
科学的な方法にもとづいて、因果関係を正しく把握し、原因を適切に特定するメリットには、これから起こるできごとの予測も可能になる点もある。ビタミンCを摂取しなければ壊血病は治らないだろうとか、今後ビタミンCが不足すれば壊血病が蔓延するだろう、というような予測がその例だ。
ここからはさらに、その予測が実現しないようにあらかじめ手を打つこともできるようになる。ビタミンCをとれば、壊血病の治療や予防も可能になるだろうし、温室効果ガスの排出を抑えれば地球温暖化の進行を遅らせることができるだろう。
そして、いま述べた点は、因果関係を正しく捉えることが、現象を制御する技術、つまり広い意味でのテクノロジーに応用として結びつく可能性を示している。
因果関係がきちんと把握されていれば、そこにうまく介入し、しばしば望むやり方で現象が操れるようになる。壊血病の治療や予防は、そうしたテクノロジーのわかりやすい例だ。
他にも、植物の成長要因が特定されているからこそ効率的な農業が行える、電磁気力の働き方が理解されているおかげでモーターを思い通りに回転させることができる……という具合に、テクノロジーを支えているのは因果関係の適切な把握なのだ。
人間は、自分たちが住むこの世界がどのようなものなのかを理解したいと願う生き物だ。それと同時に、単に世界を認識するだけでなく、そこに手を加えながら、自らにとって有用なものを新しく作り出し続けている。
人間の歴史の核心にあるもの
科学という学問的な営みの進展もテクノロジーの著しい発達も、他の生物から人間を大きく隔てている特徴であるとともに、われわれの歴史の重要な局面を形づくっている。そしてその核心にあるものこそ、いかにしてこの世界で生じる現象を因果関係という点から解明し、またそれをうまく応用するか、ということの追求にほかならない。
これが、人間にとって因果関係が決定的に重要だということの意味である。
先ほど述べたように、因果関係の把握は、「直観的に考えるとうまくいかないことがある」状況の一つでもある。そこで、はじめに何か仮説を思いついても、それには飛びつかないで、別の因果関係の可能性がないか、システム2であれこれ考えて検討する訓練をしておく必要があるのだ。
(本稿は、植原亮著『遅考術――じっくりトコトン考え抜くための10のレッスン』を再構成したものです)
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1978年埼玉県に生まれる。2008年東京大学大学院総合文化研究科博士課程単位取得退学。博士(学術、2011年)。現在、関西大学総合情報学部教授。専門は科学哲学だが、理論的な考察だけでなく、それを応用した教育実践や著述活動にも積極的に取り組んでいる。
主な著書に『思考力改善ドリル』(勁草書房、2020年)、『自然主義入門』(勁草書房、2017年)、『実在論と知識の自然化』(勁草書房、2013年)、『生命倫理と医療倫理 第3版』(共著、金芳堂、2014年)、『道徳の神経哲学』(共著、新曜社、2012年)、『脳神経科学リテラシー』(共著、勁草書房、2010年)、『脳神経倫理学の展望』(共著、勁草書房、2008年)など。訳書にT・クレイン『心の哲学』(勁草書房、2010年)、P・S・チャーチランド『脳がつくる倫理』(共訳、化学同人、2013年)などがある。