2019年、金融庁の審議会が「老後資金が2000万円不足する」という報告書を出し、大きな騒ぎになった。これをきっかけに「少しでも老後のお金を貯めておかなければ」と考えた人が多いはずだ。「現役のうちはとにかく働いて、趣味や旅行は引退後の楽しみに」と思っている人も少なくないだろう。そういった考えに一石を投じた本がある。アメリカにあるコンサルティング会社BrisaMaxホールディングスのCEOビル・パーキンス氏が書いた『DIE WITH ZERO』だ。本書は、お金の「貯め方」ではなく「使い切り方」を解説している。お金を“最も価値のあるもの”と交換する方法を教えてくれる1冊だ。本記事では、本書の内容をもとに「なぜお金を使い切って死ぬべきか」「お金を何に使うべきか」などについてご紹介する。(構成:神代裕子)

老後に後悔する人の「お金の使い方」その共通点とは?Photo: Adobe Stock

「老後の備え」よりも「今しかできないこと」

 誰だって老後のお金は心配だ。「年金はあてにならない」と言われ、「夫婦で2000万円は必要」と聞くと、働ける時に貯めておこうと考えるのも無理はない。

 自分のためはもちろん、子どもに迷惑をかけないためにも「蓄えておかなければ」と考えるのは当然だ。

 しかし問題は、あまりにも貯蓄することに思考が向き過ぎていないかということだ。先々のことを恐れて、「そのお金は、いつ使うのか」を忘れてはいないだろうか?

「当然、使うのは老後でしょう」と思うかもしれない。でも、本当に、老後にそのお金を使うことはできるのだろうか?

 残念ながら「使える」とは言い切れない。なぜなら、人は明日死んでしまうかもしれないからだ。

 死んでしまったら、せっかく貯めた老後のお金は使いきれないままになってしまう。そうなっても後悔しないだろうか。

 考えてみてほしい。もし今、「あなたの寿命はあと半年です」と言われたらどう思うかを。「あと半年で死んでも悔いはない」と言い切れるだろうか?

 それとも、「今すぐ仕事や貯蓄を辞めて、ずっとしたかったことをしよう」と思うだろうか?

 前者のように「いつ死んでも大丈夫」と思える人はさほど多くはないだろう。そう答えるには、日頃から何か「したい」と思ったときに即行動に移してこなければ難しいからだ。

 しかし残念なことに、人は死が近づかないとそのことに気がつかない。でも、人はいつか必ず死ぬ。だからこそ、限られた時間の中で最大限悔いのないように過ごさなければならないのだ。

 では、具体的にどうすればいいか。そのための方法は次の2つだ。

 ・「今しかできないこと」に金を使うこと
 ・自分が何をすれば幸せになるかを知り、その経験に惜しまず金を使うこと

 興味や関心事は年齢と共に変わっていく。その上、「いつかしたいな」と思っていたことも、年を重ねれば健康面の問題からできなくなる可能性もある。

 だからこそ、「今、したいと思ったこと」「今しかできないこと」にお金を使うのが大事なのだ。墓場にいくらお金を持って行っても、使うことなどできないのだから。

人生を充実させるのは「貯蓄」ではなく「思い出」

 なぜ、経験にお金を費やすことが重要なのだろうか。その理由は、経験は私たちに「思い出」を与えてくれるからだ。

 1990年代に、車の広告で「モノより思い出。」というキャッチコピーが話題になった。

 これは、子育て世代の親たちに、その車を買うことで「子どもと遊びに出掛けて思い出を作ろう」と呼びかけるものだった。

 子どもはすぐに大人になってしまう。「もっと、小さい頃に遊んであげればよかった」と思っても、後からその頃に戻ることはできない。

 これは子どもにとっても同じで、「小さい頃、お父さんと海に行った」という思い出が大人になってもずっと残っていたりする。だからこそ、その時にしかできない経験をすることは重要なのだ。

 もし、そういった経験をすることなく、必死で老後のためのお金を貯めるだけの日々を送っていたとして、死ぬ間際に本当に後悔しないだろうか?

「もっと若い時に楽しめばよかった」「したいと思っていたことをしないまま年をとってしまった」と悔やむのは想像に難くない。

 なぜなら、自分の人生を振り返った時に、自分を満足させてくれるのは貯蓄高ではなく「思い出」だけだからだ。人生は「経験の合計」で出来上がっているのだ。

経験にポイントをつけて見える化しよう

 ここで、「経験の合計」を見える化する方法を本書からご紹介しよう。経験に数値をつけると客観的にみることができる。

各体験から得られる喜びをポイントで表現することから始める。ゲームでポイントを獲得するのと同じ要領だ。最高に楽しい体験には多くのポイントを、小さな喜びが味わえる体験には少しを与える。(P.48)

 点数は、「自分にとって楽しいこと」を高くすれば良い。恋人と旅行に行った、大好きなアーティストのライブに行った、毎日ガーデニングを楽しんだ……。こういった経験にポイントをつけて合計すれば、その年の合計がわかる。

 毎年つけてみると、人生の満足曲線が描かれる。もちろん、経験ポイントが高い年もあれば、低い年もあるだろう。大事なのは、「意識して、ポイントの高い経験をしようとすること」だ。

 人生において、どれだけ楽しいことに時間と金を費やせているかを意識することで、人生は充実してくるのだ。

若い時の経験が、老後の宝物となる

 なぜ、思い出が大事なのか。それは、私たちは「思い出の配当」をもらうことができるからだ。

 家族で子どもの頃の思い出を振り返った時や、学生時代の友人たちと当時の思い出を語り合った時。私たちは、「思い出」から配当をもらっている状態であるといえる。本書にはこのように書かれている。

とても楽しかった休暇旅行のことを思い出してほしい。その旅行についてあなたは、友人に話したり、自分一人で旅の回想をしたり、一緒に旅した人と思い出話に耽ったり、同じような旅行の計画を立てている誰かにアドバイスをしたりしたはずだ。こんなふうに、元の経験から副次的に生まれる経験は、まさに記憶の配当だと言える。(P.55)

 若いうちに経験すればするだけ長くこの配当を楽しめるし、年を取れば取るほど経験できないことは増えていく。だからこそ私たちは、少しでも早い段階から経験に投資をすべきなのだ。

 もちろん、老後のお金は必要だ。ただ、理解しておかなければならないのは、「稼ぐことや老後の資金を貯めることに注力しすぎてはいけない」と点だ。「『アリとキリギリス』のアリだって、もっと人生を楽しんだほうがいい」と呼びかけているのが本書のメッセージなのである。

「お金がないから経験にそんなに投資はできない」という人もいるだろう。でも、お金をかけなくてもできる体験も、そこから得られる喜びはあるはずだ。

 無料のコンサートに足を運んだり、友人と登山やキャンプを楽しんだりしたっていい。大事なのは、誰にとっても有限である「時間」の中で、人生を楽しみ尽くすことだ。

 もしも、今あなたが経験を後回しにして金を稼ぐことに注力しているなら、その考えはすぐに改めたほうがいい。「今、したいこと」を決して後回しにしてはならない。「今、この瞬間」より若い時はないのだから。