各業界のトップランナーらが絶賛する名著『直感と論理をつなぐ思考法──VISION DRIVEN』著者で、戦略デザイナーの佐宗邦威さんが代表を務めるBIOTOPE主催で「VISION-DRIVEN SUMMIT #1」が開催された。初回の対談ゲストは、マサチューセッツ工科大学教授で、MITメディアラボ副所長でもある石井裕氏。
アカデミアの最前線で「ビジョン駆動型の研究」を推進してきた石井氏は、ビジネスの領域でも「ビジョン・ドリブン」というアプローチが注目されていることを、どのように捉えているのだろうか? 各界トップランナーたちが絶賛する名著『直感と論理をつなぐ思考法』でも語られている、自分なりのビジョンをただの「妄想」で終わらせず、具現化していくためのヒントについて、お二人に存分に語ってもらった。(構成/高関 進)

【MIT教授×戦略デザイナーが語る】他人の山を登ってばかりの人、自分だけの山をつくれる人…考え方の決定的な違いとは?Photo: Adobe Stock

※前回までの対談はこちら
●【MIT教授×戦略デザイナーが語る】どれだけ優秀でも「哲学」がない人が行き詰まる理由

「山を登る」ではなく「山を造る」という発想

佐宗邦威(以下、佐宗) ぼくは『直感と論理をつなぐ思考法』のなかで「人生芸術の山脈」という比喩を使っているんですが、これは石井先生が提唱する「造山力」からインスピレーションを得たものなんです。

【MIT教授×戦略デザイナーが語る】他人の山を登ってばかりの人、自分だけの山をつくれる人…考え方の決定的な違いとは?直感と論理をつなぐ思考法』のなかに登場する「人生芸術の山脈」の図。佐宗氏は石井氏が提唱する「造山力」からインスピレーションを得たという。

石井裕(以下、石井) ありがとうございます。「登山」と「造山」は対極のものです。すでにある山を特殊な条件で登ったりすれば、単独無酸素登山のような記録が残ります。これが「登山」です。

 それに対して「造山」のほうは、まだ存在していない、誰も見ていない山を自分で造って、自分で登っていくことを指しています。

 どちらがいいか悪いかではないんですが、僕にとってはタイムを競って一番になったり、瞬間的にマーケットのシェアを取るということに、ロマンチシズムをあまり感じられないんですよ。

 むしろ、なかった山を新しく造って、「その山だったら私も登りたい」とみんなに思ってもらうほうが、はるかにクリエイティブでチャレンジングですし、ロマンを感じますね。

石井 裕(いしい・ひろし)
マサチューセッツ工科大学 教授/MITメディアラボ 副所長
日本電信電話公社(現NTT)、NTTヒューマンインタフェース研究所を経て、1995年、MIT(マサチューセッツ工科大学)準教授に就任。1995年10月MITメディアラボにおいてタンジブルメディアグループを創設。Tangible Bits(タンジブル・ビッツ)の研究が評価され、2001年にMITよりテニュア(終身在職権)を授与される。国際学会 ACM SIGCHI(コンピュータ・ヒューマン・インタラクション)における長年にわたる功績と研究の世界的な影響力が評価され、2006年にCHIアカデミーを受賞、2019年には、SIGCHI Lifetime Research Award(生涯研究賞)を受賞。

「独創─協創─競創」のサイクルを回す

佐宗 そうやって自分なりの「山」を造るには、自分自身の価値観と向き合う必要がありますよね。まさに孤独な一人旅のような時間というか。

石井 そうですね。何をやるにしろ「自己との対話」と「孤高さ」が出発点になると思います。個人レベルの妄想をもっとタンジブルなもの(実体のあるもの、触れられるもの)に仕上げていくときにも、まずは孤高の道を歩まなければいけない時期があるんです。

 しかし結局、いつまでも孤高でいるわけにもいきません。アイデアを形にし、話しかける人が必要です。そしてフィードバックをもらって違った視点を学び、アイデアをどんどん研ぎ澄まして結晶化させていく。そのプロセスが、独創のあとの「協創」です。そして最後は、一流のアスリートのように、世界の舞台で競いながら「競創」していかなければなりません。

佐宗 「独創」「協創」「競創」という3段階があるわけですね。いま「結晶化」というキーワードが出ましたが、石井先生のビジョン・ドリブンのアプローチのキモは、やはりこの「結晶化」だと思いますね。

石井 ビジョンは結晶化し、具現化しない限り、ほとんどの人に信じてもらえませんし、理解もしてもらえません。人には身体がありますから、触れたりつかめたりする状態、すなわち「タンジブル」にする必要があります。

佐宗邦威(さそう・くにたけ)
株式会社BIOTOPE代表/チーフ・ストラテジック・デザイナー 大学院大学至善館准教授/京都造形芸術大学創造学習センター客員教授
東京大学法学部卒業、イリノイ工科大学デザイン研究科(Master of Design Methods)修了。P&Gマーケティング部で「ファブリーズ」「レノア」などのヒット商品を担当後、「ジレット」のブランドマネージャーを務める。その後、ソニーに入社。同クリエイティブセンターにて全社の新規事業創出プログラム立ち上げなどに携わる。ソニー退社後、戦略デザインファーム「BIOTOPE」を起業。BtoC消費財のブランドデザインやハイテクR&Dのコンセプトデザイン、サービスデザインプロジェクトが得意領域。山本山、ぺんてる、NHKエデュケーショナル、クックパッド、NTTドコモ、東急電鉄、日本サッカー協会、ALEなど、バラエティ豊かな企業・組織のイノベーション支援を行っており、個人のビジョンを駆動力にした創造の方法論にも詳しい。著書にベストセラーとなった『直感と論理をつなぐ思考法──VISION DRIVEN』などがある

他人を巻き込める人は「手で触れられるもの」をまずつくる

石井 3本脚のイスを思い浮かべてください。そのイスに座っているのが「ビジョン」で、イスの脚が「タンジブル」です。

 大事なのは、ビジョンを座らせるイスに、3本とか5本の脚をとりつけられるかどうかです。また、その1本1本の脚が十分に強いかも重要です。

 たとえば論文が通ったり、賞がもらえたりして、しっかりした脚をとりつけられると、たくさんの人から「ずいぶん面白いイスをつくってるなあ。どこからそういうアイデアが来たんだ?」と興味をもってもらえます。タンジブルな脚が100本もあれば、それまでただの妄想だったビジョンでも、みんなが注目して信じてくれるようになる。

 はじめから個人の妄想の価値をわかってくれる人なんて、ほとんどいません。

 だからこそ、まずは具体的なもの・役に立つもの・面白いものをつくる必要がある。ビジョンを支える「脚」をつくって見せ、「その上に何が座っているんだ?」と興味をもった人たちに、妄想を語って聞かせることが大事だと思います。

(次回に続く)

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