もはや正攻法では勝てない

――『起業家の思考法』のなかでは、とくに「別解力」が肝になっている言葉です。朝倉さんはご自身を別解力の三つのベン図で分析するとしたら、どうなるかお考えになったことはありますか。

朝倉:そういう質問をされるだろうと思いながら今日、ここに来ました(笑)。

基本的に「優れたやり方」は当然持つべきベースとしてあり、そのうえで自分自身の頭で考えるからこそたどり着く解決策、アクションが「別解力」だと考えています。私は行き当りばったりでやってきたので、それをできているとは思いませんが、苦しまぎれながらも自分でいろいろ考えてやってきたところはありますね。

平尾:私は『起業家の思考法』を書いていたころに、「優れたやり方」を基本としたうえで、「自分らしいやり方」と、「別のやり方」があることに気づきました。自分らしさは人それぞれですから、組み合わせの数が広がります。一方、「別のやり方」はかなり相対的で、「優れたやり方」とは相反するところがある。この三つの要素によるベン図の可能性に気づきました。

一方、朝倉さんのご著書『論語と算盤と私』には、人から相談を受けるときに「好きにすればいいと言う」と書かれています。今でこそ自分らしさを尊重する傾向はみられますが、2016年に出版されたこの本で、すでに「自分らしさ」というキーワードが出てきているのです。つまり、私が2022年に書いた思考法の原型が、朝倉さんのなかには2016年の段階ですでにできていたのではないかと思うのです。朝倉さんがそこに気づかれたきっかけとして、何かがあったのでしょうか。

朝倉:この『起業家の思考法』は、まさに経営者の思考法だと思います。つまり、基本的に起業家は「持っていない」じゃないですか。最初から「ヒト・モノ・カネ」があり余っているスタートアップなんて基本的にないですからね。世の中を見渡すと、自分たちよりも上手くできる競合がいくらでもいる。そうなると、弱者は弱者なりの戦い方をせざるを得ないわけですね。そんななかで、何とか自分たちなりのやり方で、風穴を開けに行かなければならない瞬間がありますよね。

それは、自分自身がスタートアップに関わっていたときも、ミクシィを経営していたときも同じです。隣を見るとFacebookやTwitterがあり、後ろからはLINEがすごい勢いで成長してくる。正攻法で戦っても勝てないのが見えていたわけです。

そうなると、苦し紛れでも何とか競争環境のなかで伍していくやり方を考えなければならない。だから、自分らしさを意識したわけではありませんが、そうならざるを得ないし、別のやり方を採用するのは、そうじゃなければ戦えないからですよね。正攻法で戦えるのであれば、もちろん正攻法で戦います。でも、それでは勝てない。

「持たざる弱者」こそオリジナリティを生み出せる思考法朝倉 祐介(あさくら・ゆうすけ)
シニフィアン株式会社共同代表
兵庫県西宮市出身。競馬騎手養成学校、競走馬の育成業務を経て東京大学法学部を卒業。マッキンゼー・アンド・カンパニーを経て大学在学中に設立したネイキッドテクノロジーに復帰、代表に就任。ミクシィへの売却に伴い同社に入社後、代表取締役社長兼CEOに就任。業績の回復を機に退任、スタンフォード大学客員研究員等を経て、政策研究大学院大学客員研究員。ラクスル株式会社社外取締役。株式会社セプテーニ・ホールディングス社外取締役。Tokyo Founders Fundパートナー。2017年、シニフィアン株式会社を設立、現任。著書に、新時代のしなやかな経営哲学を説いた『論語と算盤と私』(ダイヤモンド社)(amazonレビュー54件、4.8/5点)『ゼロからわかるファイナンス思考 ~働く人と会社の成長戦略~』(講談社)がある。

平尾:世論は今、ますます「自分らしさ」に流れています。優秀な人が、自分らしさを発揮することが、ビジネスパーソンに求められている能力、つまり正攻法になっています。でも私は、あえて「優れたやり方」かつ「自分らしいやり方」という正攻法を「コモディティ」と表現しました。今回の『起業家の思考法』で言いたかったのは、そこから脱出しませんかというメッセージだったのです。