「静かで控えめ」は賢者の戦略──。そう説くのは、台湾出身、超内向型でありながら超外向型社会アメリカで成功を収めたジル・チャンだ。同氏による世界的ベストセラー『「静かな人」の戦略書──騒がしすぎるこの世界で内向型が静かな力を発揮する法』(ジル・チャン著、神崎朗子訳)は、聞く力、気配り、謙虚、冷静、観察眼など、内向的な人が持つ特有の能力の秘密を解き明かしている。
経営戦略論の第一人者であり、慶應大学ビジネススクールの清水勝彦教授も、本書が説く内向型のリーダーのあり方に共感を寄せる。清水教授に、リーダーや内向型に大切なことについて語っていただいた。(取材・構成 小川晶子)
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部下の「やる気を引き出すリーダー」「削ぐリーダー」の決定的な違いPhoto: Adobe Stock

「自分をよく見てくれている」と感じられるかがカギ

――リーダーは部下に、「もっとやる気を出してほしい」と思うことがあるかと思います。やる気を引き出すためにリーダーとして大切なことは何だと思われますか?

清水勝彦(以下、清水):部下をよく見ることに尽きると思います。

 やる気を引き出す方法を本で読んだりセミナーで学んだりしても、部下のことをよく知らなければうまくいくはずがありません。

 たとえば「叱る」こと一つとっても、それがうまい人、下手な人はいるでしょう。言葉かけの技術というものもあると思います。

 しかし、それ以上に「この人は自分のことをわかろうとしてくれている、よく見てくれている」と感じられるかどうかが重要です。

NBA「11回優勝」のレジェンドがしたこと

清水:アメリカのプロバスケットボール指導者フィル・ジャクソンが書いた『イレブンリングス』という本に、とても印象的なエピソードがあります。彼は、マイケル・ジョーダンのいたシカゴ・ブルズなど、自らの率いるチームを通算11回の優勝に導いた、NBA歴代トップのコーチです。

 マイケル・ジョーダンのような天才がチームにいればうまくいくかというと、そうではありません。「Me! Me!」とエゴ全開の選手たちを、いかにチームとしてまとめるかが鍵でした。

 フィル・ジャクソンは、選手一人ひとりに「その人に合った課題図書」を渡したそうです。チームみんなで同じ本を読むのではなく、「あなたはこういう考え方をすればもっとうまくいく」というものを見つけ、それぞれに違う本を渡したんです。

 当然読まない選手もいるのですが、少なくとも「あなたのことを個人として気にかけている」ということは伝わります。

――それはすごいですね。「全員に配られた本」と「自分のために選んでくれた本」とでは受け取り方が全然違います。一人ひとりをよく見ていなければできないことですね。

清水:中国のことわざに「士は己を知る者の為に死す」というものがあります。「自分をよく知ってくれている」と思えるリーダーのためなら頑張ろうという気持ちになるのではないでしょうか。逆に、「この上司は自分のことを気にかけていないな」と感じれば、やる気は出ないでしょう。

「観察力」と「聞く力」はリーダーの必要な力のトップ

――『「静かな人」の戦略書』には、内向型リーダーは観察力があり、一対一で話を聞くことが得意という記述がありました。カリスマ性を持ってメンバーを引っ張るリーダーとは違いますが、深い影響力を静かに発揮しています。「よく見てくれている」「話を聞いてくれる」と感じると、このリーダーのためにも頑張ろうという気になりそうです。

清水:発信力があり、強いリーダーが良いと考えがちですが、外向型だから部下のやる気を引き出せるわけではありません。「観察力」と「聞く力」はリーダーにとって必要な力のトップに入ると思います。

――課題図書の例はわかりやすいですが、「あなたをよく見ていますよ」というのがちゃんと伝わるためにはどうしたらいいでしょうか。

清水:フィル・ジャクソンは超一流のコーチなのでできますが、普通はそこまでやるのは難しいですよね。部下をよく観察したうえで、相手と自分に合ったフィードバック方法を見つけるといいと思いますよ。

――『「静かな人」の戦略書』の中に、内向型の人は対面より、文字のコミュニケーションが得意だという指摘がありました。面と向かってフィードバックするのに苦手意識があると、メールで伝えたくなりそうです。

清水:そういう場合は、「自分は対面のフィードバックではどうしても言葉足らずになってしまう」など、率直に伝えればいいと思います。だから、フィードバックはメールでさせてほしい、と。いちばん大事なのは、本当に自分のことを見てくれているかどうかです。

 とはいえ、対面のフィードバックを苦手に感じている人でも、実際に対面でやるようにしてみれば、発見があるかもしれません。チャレンジすることも大事です。

「マイクロマネジメント」はやる気をそぐか

――部下をよく観察してフィードバックしようというとき、細かくチェックして指示を出す「マイクロマネジメント」に陥ることもあるかと思います。マイクロマネジメントはやる気をそぎますか?

清水:スティーブ・ジョブズを筆頭に、非常に細かいことにこだわるリーダーはけっこう多いですよ。

 イーロン・マスクも「1ピクセルにこだわれ」と言っていますし、ウォルト・ディズニーの中興の祖であるマイケル・アイズナーも商品や広告宣伝の細かいところまで口を出すマイクロマネジメントで有名でした。その意味では、マイクロマネジメントも一概に否定すべきではありません。

 ただし、基本的には、どこまで細かい指摘や指示をするかは、相手に合わせるのがいいでしょう。

 観察力があって細かいところに気づくからと言って、全部伝える必要はありません。見えてしまっても、ときにはあえて言わないことも大事です。相手や状況によって選択する必要があります。

 性格的に細かいことをつい言ってしまう人は、「どうしても細かいことまで言っちゃうけど、全部聞かなくてもいいからね」などと率直に伝えておくといいと思います。