遅考術

論理的な思考が苦手で、いつも「考えが浅い」と言われてしまう……。もっとキャリアアップしたい、自分をより成長させたいと思うビジネスパーソンにとって、「情報を正しく認識し、答えを出すこと」は大きな課題だ。しかし思考力を高めたくても、具体的に何から取り組み、どう訓練すればいいのかわからない人も多いだろう。
そこで参考になるのが、『遅考術――じっくりトコトン考え抜くための「10のレッスン」』だ。著者は、科学哲学が専門の植原亮教授。本書では、意識的にゆっくり考えることを「遅考」(ちこう)と定義し、本当に頭がいい人の思考のプロセスを解説。52の問題と対話形式で、思考力の鍛え方を楽しく学べる名著だ。
20万部突破のベストセラー『独学大全』著者・読書猿氏も推薦の本書。本稿では、著者の植原教授に、「相手を萎縮させない指導法」をテーマにインタビューを実施。スピード重視で浅い思考の呪縛から解き放たれ、自力で「深い思考」に到達するためのポイントをお届けする。(取材・構成/川代紗生、撮影/疋田千里)

人間に備わった2つの「考えるしくみ」

──『遅考術』では、人間には2種類の「考えるしくみ」──「システム1:直観」(オートモード)と「システム2:熟慮」(マニュアルモード)が備わっている、と書かれていました。非常に興味深かったです。

遅考術遅考術』35ページより抜粋。イラスト:ヤギワタル

どちらも人間に必要なものだけれど、オートモードで素早く思考が働く「直観」には、エラーが起こりやすい場面があり、そうならないようにマニュアルモードに切り替えられる下地づくりが必要だ、と。

エラーが起こりやすい場面というのは、たとえばどのようなときでしょうか。

植原亮(以下、植原):わかりやすい例で言えば、人物について判断をくだすときですね。

「直観」は連想マシンなので、「この人はどんな人か?」については、名前だけでも自動的に連想が働いて、勝手な仮説を導き出してしまうんです。たとえば、

名前:カズキ
年齢:34歳
性格:非常に知的。細かい点にこだわる傾向がある。学校では、数学は得意だが、社会科や人文系科目は苦手だった。

こんなプロフィールを見ただけで、「ゲームが趣味の人っぽい」とか「仕事はシステムエンジニアかな」とか、勝手に連想して、どんどんその人に対するイメージを膨らませてしまう。

──ああ、たしかに。まさにそういう映像が浮かんできました。メガネかけてそうだな、とか。

植原:本当は、この「カズキさん」という人の職業も趣味も、上記の情報だけでは判断できないんです。でも、直観は自動的に動いて、スピーディに結論を出そうとしてしまう。

この「いかにもありそう」にこそ落とし穴が潜んでいるんです。

「この人はこういう人に違いない!」と確信したとしても、それは「直観」が起こしたエラーで、ただの早とちりかもしれない。

部下の評価をするとき起こりがちなトラブル

──職場でも、こういったエラーがもとでコミュニケーションに齟齬が出ること、よくあると思います。誤解を招く伝え方をして、部下のやる気がガクッと下がってしまうとか……。周りを引っ張っていくリーダー的立場の人が、周りを萎縮させないように、気をつけるといいポイントはありますか。

植原:威圧的に見せないようにするために重要なのは、アドバイスをする側が「原因を決めつけない」こと。

本書でも解説していますが、人間には「利用可能性バイアス」というものがあり、何かを考えるとき、思い出しやすいもの・記憶に新しいものが浮かんできやすいんです。

だから、部下の評価をするときも、「見えているものが原因だ」とつい決めつけてしまいがち。

──たしかに、「お前がこうしたから、こういう失敗になったんだろう」みたいに決めつけられると、すごくやる気を失いますよね(笑)。

植原:ええ、まさに(笑)。他人のすべてを正しく見られるわけではないし、自分の目に写っていない範囲で、部下は地味で目立たない仕事をしているかもしれない。

それを認識せず、頭ごなしに「この問題の原因はこれに決まってる」と決めつけて話すと、相手に威圧感を与えやすいんです。

なので、上の立場の人が指導するときは、「ここ、ちょっとうまくいってないように見えるけれど、原因として自分で思い当たることがないか、考えてみてほしい」という表現を使うのがいいと思います。

そうすると、指導を受ける側も、「この人は、見えない事情にまで想像力を働かせて、その可能性まで考慮したうえでコメントをしてくれてるんだな」と感じ、話を聞いてもらいやすくなります。