2022年7月、応援演説中の安倍元首相が銃殺されるというあまりにもショッキングな事件が起きた。安倍氏追悼の言葉が数多く挙がる中で、その外交手腕を褒めたたえるものも多い。では、そもそも外交が「うまい」とはどういうことなのか? 東京大学史料編纂所教授、歴史学者であり『東大教授がおしえる やばい日本史』『東大教授がおしえる さらに! やばい日本史』監修者の本郷和人氏に聞いた。(取材・構成 小川晶子 写真・梅沢香織)
本郷和人(ほんごう・かずと)
東京都出身。東京大学・同大学院で石井進氏・五味文彦氏に師事し日本中世史を学ぶ。大河ドラマ『平清盛』など、ドラマ、アニメ、漫画の時代考証にも携わっている。おもな著書に『新・中世王権論』『日本史のツボ』(ともに文藝春秋)、『戦いの日本史』(KADOKAWA)、『戦国武将の明暗』(新潮社)など。監修を務めた『東大教授がおしえる やばい日本史』はシリーズ69万部のベストセラー。最新刊『東大教授がおしえる さらに! やばい日本史』も好評発売中だ。
そもそも外交とは何をやっているのか
――前回、「日本のびっくり外交ベスト3」をお聞きしておいてなんですが、そもそも「外交」とは何なのでしょうか。テレビで各国の首脳同士が笑顔で握手していたりコミュニケーションをとったりしている様子は見ますし、外交官が国のために交渉をしているのだろうなとは思うのですが、正直に言ってあまり理解できていません。
本郷和人氏(以下、本郷):まず歴史上の外交について言うと、東アジア諸国においてはレゾンデートルのためです。外交によって、自分の存在価値を示すんですね。たとえば朝鮮半島に高句麗と新羅と百済という3つの国があり、誰が一番朝鮮半島の王にふさわしいのかということで、中国に一生懸命働きかけます。中国の皇帝に認めてもらうことによって、私こそ正当な存在であると誇示するためにやるのです。
日本の場合は、どっちかというと文明・文化を取り入れるため。優れたものを学びたいけれど、タダでは渡してくれませんからね。国の間ですり合わせが必要になります。現代でもそれは同じですね。
各国の首脳同士が握手しているというのは、外交の儀礼的な部分です。国際儀礼にのっとって、国同士の力関係を見せるのです。水面下では「あれを買ってくれ、この条件をのんでくれ」といった熾烈なやりとりが行なわれているのが外交です。
――なるほど。では、「外交がうまい」とはどういうことなのでしょうか。安倍元首相が亡くなって、「外交がうまかった」と評されているのを何度か見たのですが……。
本郷:知り合いに安倍元首相づきの外務省審議官がいたので、聞いてみたことがあります。彼によれば、安倍さんはアメリカとの同盟を大切にするという軸が「ブレなかった」のだそうです。
いまの日本では、アメリカと中国とどのように関係を築くかが非常に重要です。あるときはアメリカに媚びを売り、あるときは中国にすり寄り……ということをやっていたら信頼を失います。そんな状況で、安倍さんはブレることなくアメリカとの関係に軸足を置いた。そして、中国に対してはアメリカとの関係の重要性を説き、アメリカに対しては中国と仲良くする大事さを説いたわけです。安倍さんに対する評価はさまざまありますが、彼はそこを評価していたんですね。
信頼を得て天下人になった徳川家康
――歴史上も、スタンスを決めてブレずにやっていた人が信頼を得ていたということはあるのでしょうか。
本郷:そうだと思います。僕はよく徳川家康の話をするのですが、家康は信頼を得たことによって天下人になったんですよ。当時、織田と武田という超大国にはさまれていた家康は、織田信長と同盟を組み、決してブレなかった。どんなにひどい目に遭っても、信長との関係を保ちました。歴史を知っている僕たちは当たり前に思いますが、当時は織田が負ける未来だってありえたわけです。
――『やばい日本史』には、最強と言われていた武田信玄と戦うハメになった家康が、必死に逃げながら恐怖でうんこを漏らすというエピソードが紹介されていました。城に帰ってから、家臣に「ビビって漏らすとは情けない!」と言われ「これはクソではない!腰につけていた非常食のミソじゃ!」と言ってごまかしたとか(笑)。
本郷:そう。めちゃくちゃ強い武田軍に攻められ、信長に助けてくれと言っても助けてもらえず、それでもうんこを漏らしながら頑張ったわけです。そうやってブレずにいたことで信頼を集めたのです。やはり天下人の器なのでしょう。
自分に置き換えてみたらわかりますが、たとえばこれから上がりそうな織田株を買ったとする。一生懸命分析して、自分なりに理由をつけて決定したわけです。でも、いろいろあってその株価が下がってしまったときに、自分の決断を守り抜くことができるか。人間の器が試されます。ちょっと下がって慌てふためいているようじゃダメなんですね。僕はすぐ慌てちゃうけど(笑)。