地球誕生から何十億年もの間、この星はあまりにも過酷だった。激しく波立つ海、火山の噴火、大気の絶えまない変化。生命はあらゆる困難に直面しながら絶滅と進化を繰り返した。ホモ・サピエンスの拡散に至るまで生命はしぶとく生き続けてきた。「地球の誕生」から「サピエンスの絶滅、生命の絶滅」まで全歴史を一冊に凝縮した『超圧縮 地球生物全史』は、その奇跡の物語を描き出す。生命38億年の歴史を超圧縮したサイエンス書として、ジャレド・ダイアモンド(『銃・病原菌・鉄』著者)から「著者は万華鏡のように変化する生命のあり方をエキサイティングに描きだす。全人類が楽しめる本だ!」など、世界の第一人者から推薦されている。本書の発刊を記念して、内容の一部を特別に公開する。
奇抜な姿
顎のない甲冑魚類は、カンブリア紀の最後からデボン紀の終わりにかけて、海に大量に生息し、いろいろと奇抜な格好をしていた。
なかには板状の鎧に包まれて、大半の時間、海底を巡ったり、泥のなかのゴミを拾ったりして過ごすものもいた。
ほかにも、スタイリッシュなセロドントのように、より柔軟性のある鎖帷子のような、サメ皮の鎧をまとっているものもいて、外洋ですばやく動くことができた。
全く新しい動物
メタスプリッギナのような初期の魚類は、(たまに見かける)オートバイのヘッドランプのように、正面に一対の目があり、目と目の間隔は狭かった。
鼻や鼻孔のスペースはなかった。匂いは咽頭の細胞がになっていた。これは脊椎動物が古代からおこなってきたろ過摂食の名残りだ。
しかし、翼甲類の魚(プテラスピス)では、目が頭の両側面に移動して、鼻孔が一つ頭頂部にできた。また、脳が左右の半球に分かれ、顔が広くなった。
翼甲類の単一の鼻孔は、ウナギにも見られるような、脳の基底部に接する単一の感覚器官、すなわち鼻嚢へとつながった。
しかし、ほかの顎のない無顎類の魚たちは新しい方向に進化していった。
進化への舞台が整った
無顎類の一種であるシュユ(中国名:曙魚屬)の脳の化石からは、口頭頂部に独立した一つの鼻孔があるのではなく、口腔へと通じる二つの鼻嚢があったことがわかる。
顔の幅をさらに広げるこのような配置は、顎のある脊椎動物ならではの特徴で、ヤツメウナギやプテラスピスには見られない。
ほかの進化した無顎魚類のなかには、(頭のすぐ後ろにある)一対の胸ビレを身につけたものもいたが、これもヤツメウナギやプテラスピスにはない、顎のある脊椎動物の典型的な特徴だ。
顎の進化への舞台がこうして整った。
甲冑魚類が進化して、ある一線を越えたとき、彼らは全く新しい動物になった。
現在、脊椎動物の九九パーセント以上が顎のある種で占められている。
ぶ厚い骨のような頭部シールド
顎のない脊椎動物で残っているのは、ヤツメウナギとヌタウナギだけだ。
顎は、第一鰓弓(口と第一鰓孔のあいだの軟骨部分)の真ん中が蝶番状になり、後方へ半分に切り裂かれて上顎と下顎になって進化した。その結果、第一鰓孔がおしつぶされて小さな孔になり、上顎のすぐうしろの呼吸孔となった。
最初に顎を持った脊椎動物は板皮類で、ぶ厚い骨のような頭部シールドを持ち、一見するとほかの鎧をまとった甲冑魚と同じように見えた。
しかし、詳しく観察すると、顎以外にも、胸ビレのほかに二組目の対のヒレがあるなど、顎を持つ有顎脊椎動物にしかない改良点が見られた。
この対のヒレは、肛門のほぼ両側に位置する骨盤ヒレだ。板皮類はシルル紀のずっと遅くに誕生し、デボン紀の終わりまで繁栄した。
最強の捕食者
より原始的な板皮類であるアンティアルクは、プテラスピスと同じくらい厚い鎧を身にまとっていた。
一方、より洗練された板皮類である節頸類は一般的に(必ずしもではないが)軽い装甲を持ち、そのうちの一つ、ダンクルオステウスは体長六メートルにもなり、カミソリのように鋭い巨大な顎を持っていたため、デボン紀の海で最強の捕食者となった。
ただし、鋭くて巨大なのはダンクルオステウスの顎であって、歯ではない。板皮類には歯と認められるようなものがなかった。
この生物の恐るべき顎の切断面は、研ぎすまされて尖った骨そのものだった。
(本原稿は、ヘンリー・ジー著『超圧縮 地球生物全史』〈竹内薫訳〉からの抜粋です)