やっている「過程」の楽しさを加味すれば、
好きなことを選んだ方がトク
──そうか、成功するか・失敗するか、結果だけで幸せを判断してしまいがちだけれど、「チャレンジしている途中の期間」も総合して考えたら。
野沢:そうなんです。人生で二択があったとき、どうしても「その道を選んでうまくいかなかった結果」のイメージにとらわれてしまいがちなんだけど、「チャレンジしている最中のワクワク感」も総合して考えると、案外、「もし失敗しても、こっちの方が幸せな時間長いじゃん」ってなることが多いんですよ。
現状維持の道を選んだ場合、「結果」だけ見ればたしかにリスクはないかもしれないけど、「過程」に注目すると、「あれ、やっておけばよかったー」って常にモヤモヤし続けるわけじゃないですか。人生後半戦の30年、モヤモヤすることに時間費やす方がずっとしんどいと思うんです。
だから、私は失敗するかもしれなくても、やりたいことをやりたいって思っちゃう。「どうにかなるよ」と無責任なことは言いたくないんですけど、私自身は、「どうにかなるよ」と思いながら生きていて。で、貯金してないんですけど(笑)。
──(笑)。
野沢:だめかもしれないし、うまくいくかもしれない。それはもうフィフティ・フィフティだから、やってみないことにはわからない。でも「やってる過程のドキドキ感」は絶対に幸せをもたらしてくれるはずだから、それがだめだったとしても、総合的には「こっちを選んでよかった」と思えるんじゃないかなと。
──たしかに。いや、「達成した瞬間」にばかり注目していて、「目標に挑戦してる最中の時間」のことは考えてなかったです。
野沢:それが、人間の醍醐味じゃないかと思うんです。好きなことに挑戦している「過程」では、快感と小さな喜びを常に得られる。ああ、今日はこれができるようになったとか、それにチャレンジしている自分自身のことを「好きだなあ」と思えるとか。
59歳、私達の年代になると、どうしても「死ぬのを待つ」みたいな感じになるんですよ。でも、そういうドキドキ感がないまま過ごしてると、残りの人生全部が、本当に「死ぬのを待つための時間」になっちゃう気がして。それなら、自分のことを好きになってから死ねるように準備しておきたいなあと、私は思うんですよね。
【次回に続く】
【大好評連載】
第1回 「圧倒的に優秀な人」との差に絶望したらやるべきたった一つのこと