ソニーの社長・会長を務め、退任後はクオンタムリープを創業し、起業家の支援など幅広く活動していた出井伸之氏が今年6月、84歳で逝去した。かつて、まだ名門大企業とはいえない成長企業だったソニーに就職し、決してエリートの王道とはいえないキャリアを経て、なんと14人抜きで社長に抜擢、会長退任後はそれまでの地位に拘泥することなく積極的に若者を支援した。「世間の常識」にとらわれることなく、自分なりにその時々を楽しみ「生涯現役」を貫いた人生だった。出井氏はみずからの人生を振り返り、「楽しく充実した毎日を送れているのは、人生の中で、何度も『リポジション』をしてきたからだ」と語っていた。つまり、自分の置かれている環境を、意識的に変えてきた、というのだ。なぜそうしたのか、また、どのようにそれを実践してこられたのか。「お別れの会」を機にご冥福を祈りつつ、著書『変わり続ける 人生のリポジショニング戦略』より、そのポリシーやエピソードの一部をご紹介する。(書籍オンライン編集部)

「どこで働いているのか」より「何をしているのか」が、人生の「リ・ポジション」で問われる既存の延長でない変革が、企業だけでなく個人にも必須となる Photo: Adobe Stock

企業は30年。ビジネス人生は50年以上

環境を変えるのには、リスクがある。居心地も一時的には悪くなる。

慣れた環境で、いろいろな物事がわかった中で、ベテランの顔をしていたほうが、心地いいに決まっている。その状態がずっと続いていくという「保証」があれば、それで構わないと思う。しかし、これこそが、多くの会社員が陥ってしまう罠だと僕は思っている。

ある日突然、大きな変化が訪れる時代、これからの会社員には既存の延長ではない変革、「ABC戦略」が必須になると思っている。

意識的に「リポジション」を選択し、環境を変え、クリエイティブマインドを維持したまま自分の価値を高めていく。そして、その延長線上に「プランD」がある。一生、仕事を楽しんでいける、というステージである。

高度成長期の日本企業では、「プラン」は1つで良かった。右肩上がりで来年のことがある程度見えた。そんな時代であれば、既存の延長線上にある「XYZ戦略」が有効だった。しかも、会社は安定していた。一生、働き続けられるという安心感が、会社員にはあった。

ひるがえって、今はどうか。

企業間競争は激化し、会社の旬の期間はどんどん短くなっている。テクノロジーのサイクルは驚くほど速い。人間の寿命はますます長くなり、長期間、働きたいというニーズはますます高まってきている。

企業の寿命は30年。
一方のビジネス人生は50年以上。

つまり、僕たちは、企業よりも寿命が長い時代に生きているのだ。こんな時代にあって、既存の延長線上で本当に生き残っていけるのだろうか。

企業の寿命に合わせた、個人のABC戦略とは?

これからは、企業の寿命に合わせ、「ABC戦略」を自ら選択していくことが求められてくる

寿命と書くと、会社は30年でつぶれてしまうのかと心配する人もいると思う。そうではない。30年の間に、コアの事業を違うものにシフトするなどして、企業は生き延びていく必要がある。富士フイルムの例などを見ればわかるだろう。

企業の「旬」は18.1年というデータもある。私たちの平均寿命の83.7歳と比べると、いかに短いことか。

では具体的に何をすればいいのだろうか。

そのときどきにおいて、ある程度の専門分野を持ち、3つくらい仕事(業務や職種)、あるいは会社を変えていく。そのくらいの意識を持っておいたほうがいいと思う。「リポジション」するから、成長のステージも変えられる。大きなジャンプが期待できるのだ。

もとより言葉を換えれば、「自分は今、何ができるのか」ということを常に持っておかないといけない。そうすれば、企業が変わったとしても、自身の強みを発揮できる人材になれる。実際、そういう人材が、年齢に関係なく、僕の周りでは増えている。

どこで働いているのかではなく、何をしているのかが問われる時代である。

そして、「プラン」を大胆に変えていくことが、よりその価値を高めていくことにつながるのである。

これから旬の短くなる企業は、常に変化していけるよう、自らのサイズを小さくしていき、機動力を上げていくだろう。これは個人も同じである。

変革は企業だけでなく、個人にも求められている。かのP・F・ドラッカー教授も著書『イノベーションと企業家精神【エッセンシャル版】』(ダイヤモンド社)の中で「企業家は変化を当然かつ健全なものとする」と述べている。

社会のニーズに自分のスキルを合わせていく。その際に、効果的に使ってほしいのが「リポジション」なのだ。

40代の『リポジション』は、その後の人生を大きく変える

言い換えれば、自分が置かれている環境を、意識的に変えることである。

もちろん、ただ環境を変えればいいのではない。同じ場所に居たとしても、そこで起こっている価値観の変化を受け入れ、柔軟に対応し、自らを進化させていくこともまた、リポジションだ。

振り返ってみて思うのは、40代の『リポジション』は、その後の人生を大きく変えることになる、ということである。

仕事が安定しそうになる40代に、あえて自分が置かれている環境を変えるというのは、正直、勇気がいることだ。しかし、その決断こそが、結果的に人生を大きく変えることになった。

今の40代のビジネスパーソンは、あと25年、もしかしたら30年以上、現役で働くことになるかもしれない。20代、30代であれば、もっと長い「働く人生」が待っている。50代、60代の人も、まだまだ元気で、自らの可能性を秘めているはずだ。年齢や今の立場に関係なく、「リポジション」できる人は、いくつになっても成長できる。僕はそう思っている。