ソニーの社長・会長を務め、退任後はクオンタムリープを創業し、起業家の支援など幅広く活動していた出井伸之氏が今年6月、84歳で逝去した。かつて、まだ名門大企業とはいえない成長企業だったソニーに就職し、決してエリートの王道とはいえないキャリアを経て、なんと14人抜きで社長に抜擢、会長退任後はそれまでの地位に拘泥することなく積極的に若者を支援した。「世間の常識」にとらわれることなく、自分なりにその時々を楽しみ「生涯現役」を貫いた人生だった。出井氏はみずからの人生を振り返り、「楽しく充実した毎日を送れているのは、人生の中で、何度も『リポジション』をしてきたからだ」と語っていた。企業で働く一介のサラリーマンの場合は、自由にリポジションはできないだろう…と思いがちだ。だが、出井氏は違った考え方を持っていた。「お別れの会」を機にご冥福を祈りつつ、著書『変わり続ける 人生のリポジショニング戦略』より、そのポリシーやエピソードの一部をご紹介する。(書籍オンライン編集部)

大企業の「肩書き」が自分の成長可能性を狭めかねない理由自分の可能性を広げるためには…? Photo: Adobe Stock

肩書きと自分の可能性の関係

会社にいわれるがままやっていたところで、最終的にあなたをハッピーにしてくれる保証など、どこにもない。それが会社員の過酷な現実だと思う。ところが、大企業にいると、そういう発想がなかなかできなくなっていく。

例えば、ベンチャー企業しか知らない人が大企業に挨拶に行くと、名刺交換からしてよくわからない事態が起こる。「次長」という肩書きすら、意味がわからない。

しかし、大企業では逆だ。肩書きを理解しているだけでは足りない。肩書きをもらうと、そこから(領分から)出てはいけないことを、良くも悪くも瞬時に判断する。この判断が、自分ができることを極めて限定的にしてしまう。肩書きしかり、職種しかり。これをやってしまうと、自身の大きな可能性に気づけなくなる。

実は自分の活躍の場は、社内にたくさんあるかもしれない。なのに、極めて限定的に捉えてしまう人がいる。それで、「きっとこの会社には自分の活躍の場はない」と早とちりして、同じ職種で他社への転職を考え、キャリアアップどころか収入もポジションも下がってしまった……という人もいる。実際には、大企業は本当に大きいのだ。自分の仕事は、社内の意外なところで通用する可能性がある。仮に、今はまだ役に立っていないとしても、いつか役立つときがくるかもしれない。

目の前の状況だけ見て、あせって結論を出してはならない。

自分のキャリアを導けるのは人事ではない

問われてくるのが、「自分は何がやりたいのか」である。やりたいと思ってみれば、いろんなことがやれるのもまた、大きな組織の利点である。ところが、多くの会社員はやりたいと思わない。だから、人事も困るのである。

あなたに伺いたい。

会社に入って、一度でも、上司や人事に「私はこういう仕事がしたい」と言ったことがあるだろうか。

もっといえば、「私はこれまでこういう経験をし、こういうスキルや人脈を得た。これらを活かして次はこんなことをしたい」と、転職面接のように、具体的に自身のキャリアプランを伝えたことがあるだろうか。

ほとんどの人は、考えたこともないという。「自分でつくった会社の社長」が、経営方針を持っていないのも同様である。これでは「リポジション」もままならないと思う。本当にもったいないことだ。自分のキャリアを導くことができるのは、組織ではない。そこにいるあなた自身なのだ。

例えば、理系の人が文系の人の仕事をしているケースは多い。しかし、文系の人が理系の人の仕事をするケースは極めて少ない。できないと決めつけているからだ。そういうことはありえないと思っているからである。

もし失敗したら…?

もっと欲張りになっていい。

ここぞというタイミングで、会社に交渉したらいい

命を獲られるわけではないのだ。

僕は入社前に、1年で会社を休職するという、恐るべき交渉を会社としている。そんな制度は会社にはなかった。しかし、交渉すれば、なんとかなる。だったら、やってみるべきだと思うのだ。

理系が当たり前だった事業部長への就任も同様だった。こういうことをやって、大企業の中でキャリアを自分でつくり上げていこうとする人は、意外に少ない。

もちろん、そのために必要なことがある。希望する仕事ができるだけの力をつけようと努力しておくこと。ただ、そのものずばりの力はまだ必要ない。それは、やってみなければわからないのだから。

失敗したら、どうしよう。たしかに不安は募る。

しかし、先に述べたとおり、会社は一人ひとりのキャリアをきめ細やかに見ているわけではない。だったら自分から伝えなければ、思いは届かない

失敗はつきものだ。しかし、失敗するにせよ、最終的に道を拓くのは、失敗をおそれずに挑戦を名乗り出る勇者だけである。