「部下との関係がギクシャクしている」「チームにまとまりがない」「上司が強権的で不快だ」…。こういった“職場のネガティブな感情”を「妬み」「温度差」「不満」「権力」「信用」の5つに分け、それぞれの対処法をまとめた『武器としての組織心理学』という書籍が話題だ。最先端のエビデンスをもとに、マネジメントする側、される側それぞれに向けたアイデアが丁寧に書かれている。本記事では、本書をもとに「自分の身を守ってくれる防具にも、人を動かす武器にもなる組織心理学」の活用法をご紹介する。(構成:瀬田かおる)

武器としての組織心理学Photo: Adobe Stock

部下の2人に1人が不満を抱えている

「上司と部下の関係」について行われた調査によると、こんな不満の声があるという。

「結果や締め切りを気にしてプレッシャーばかりかけてくる。指示も曖昧で、言うことがコロコロ変わる」という部下の不満。

 一方、「報告も相談もしてこない。これでは、いまどんな状況なのか把握できないじゃないか。能力を見込んで仕事を任せているのにやる気を感じられない」という上司の不満。

 これらの不満は、自分が抱いていた期待と現実とのギャップから生まれ、やがてこの不満は仕事上のストレスの原因になる。

 本書にはこう書かれている。

厚生労働省の労働者健康状況調査によれば、働く人の半数以上が強い不安や悩みを抱えてストレスがあると答えています。その割合は、1987年は55.0%、1992年57.3%、2017年58.3%です(P.130)

 この結果から、「チームの2人に1人が不満を抱えていること」が分かる。また、この問題への対処のためにリーダーは自分の仕事時間の2割以上を使っているという報告もある。

 しかし、リーダーがいくら頑張ってみてもそう簡単には組織の風通しは良くならない。なぜなら人は「隠れた本性」を持っているからだ。

部下の「隠れた本性」を見逃すな!

 部下は上司に対して不満を感じていても「我慢する」「仲間と愚痴言う」など、不満を隠蔽してしまう。

 この「上司に対してモノを言わない傾向」をアメリカの心理学者のS・ローゼンとA・テッサーは、「MUM効果」と名づけた。MUMとは“口をつぐむ”という意味だ。

 なぜ、口をつぐんでしまうのだろうか?

 それはモノを言うには勇気がいるし、もしかしたら自分の評価が下がるかもしれないからだ。そんなリスクを背負うくらいなら口をつぐんでいよう、そんな心理が働いている。

 しかし、部下のこのような「隠れた本性」を見逃してしまうと、組織はやがて大きな損失を生むことになる。本書では、このように表現している。

ヒューマンエラーの研究者ジェームズ・リーズンが提唱した「スイスチーズ・モデル」。スイスチーズには幾つもの穴が開いていますが、穴の位置や形状の異なるチーズを何枚も重ねることで穴は埋まります。つまり、幾人もの眼が光り、防衛策がいくつもあるならば、各種のトラブルの発生を未然に防ぐことが可能になります(P.135)

 部下の不満を見逃さないよう眼を光らせ、すぐに対処できる環境を整えておくことで、組織トラブルの発生は未然に防げるのだ。

不満は必要なもの

 では、「不満が全くない職場」がベストな環境なのだろうか?

 それは否である。

 不満がなく快適な環境で働いているとその居心地の良さから、「ゆっくりと進んでいる危機や環境の変化」に気づけないことがある。

 不満には組織に迫っている危機を気づかせる役割がある。付き合い方次第でチームのパフォーマンスをあげるのに一役買ってくれるのだ。

 問題なのは、不満があるのに上司にモノ言えず、隠蔽した状態で働かなくてはいけないこと、そのことが原因でトラブルが発生することだ。

「不平や不満」が悪なのではない。このことについて本書にはこう書かれている。

上司に対して不満を感じたとき、そしてその不満が積もっているほど、部下たちの主体性が目覚めているということも多いのです(P.140)

 つまり、不平不満が出るのは、組織に対して関心を寄せているからなのだ。リーダーはこの心理を見逃してはいけない。

上司にしてみれば、部下の不満を目の当たりにしたくはないかもしれませんが、部下の不満は、「実はそうだったのか」と組織の課題を知り、業務の実情や部下に関する新たな気づきを得る機会になります(P.140)

 こう、山浦氏が書いているようにリーダーは、「不満にはポジティブな側面があること」を認識することで、不満が小さいうちに効果的な対処をすることができるようになる。

「部下の不満」をやる気に変える4つの戦略

 部下が不満を口にしやすい条件を整え、それをやる気に変えるには、4つの戦略がある。

①仕事の成果に基づく評価
 不平不満があっても、仕事で成果を上げれば正当に評価してくれる組織であればどうだろう。

 所属する組織が年功序列の人事制度であれば、事を荒げると人事に影響すると部下は身構えてしまう。

 しかし、成果主義や実績主義の組織であれば、仕事の成果によって待遇が決められるので、しがらみなく上司に発言しやすい環境ができる。

②明確な役割を与える
 人から期待されるとやる気が増し、パフォーマンスが向上することを「ピグマリオン効果」という。

 逆に「どうせ自分は……」と、期待されていないことを感じ、卑屈になり仕事への意欲が低下することを「ゴーレム効果」と呼ぶ。

 この人間心理を利用し部下に明確な役割を与えると、仕事に時間やエネルギーを注ぎ没頭する傾向が強まるそうだ。やがて仕事への満足感が高まり、組織に対するコミットメントも向上する。

 組織や上司への不平不満に向けていたエネルギーを、自分の役割を全うするためのエネルギーに注ぐようになるのだ。

③心理的安全性
 どんなに些細なアイデアでもバカにされず受け止めてくれる環境、臆することなく不満を訴えることのできる環境であれば、不満を隠蔽されることはない。

 本書によると、組織のメンバーたちが互いに目標や知識を共有し、信頼し合うような関係性が築かれているほど、心理的に安心して過ごすことができる環境がつくられるという。

 さらに、失敗から学ぼうとする姿勢や行動が育つ傾向も生まれる。

④上司と部下の「仕事の志向性」を合わせる
 仕事のやり方についてみてみると、「目標達成が第一と考えるタイプ」「まずは良好な人間関係を構築することが大事だとするタイプ」の人がいる。

 このような考え方が組織内で一致していれば、いちはやく成果を上げられる。特に人間関係の構築に関する志向性のギャップを埋めることはリーダーの重要な役割だ。

効果的な部下のほめ方

「ほめ方」は、組織心理学の研究でも非常に多くの知見が蓄積されてきたテーマの1つだという。

 それらの結果をメタ分析したところによると、叱るなどのネガティブなフィードバックより、ほめるなどのポジティブなフィードバックの方が、心理的・行動的にポジティブな反応をもたらすそうだ。

 しかも、他者からほめられることは、お金をもらったときと同じような喜びをもたらすことが実験で分かっている。

 ところが、なんでもかんでもほめれば良いというわけではないので、注意が必要だ。

 効果的なほめ方の条件について、本書には以下の2つが書かれている。いずれも山浦氏の所属していた研究チームで行った実験で分かったことだ。

【効果的なほめ方の2つの条件】
①「ほめどころ」をほめる
②良好な人間関係にある

 部下が何に対して頑張っていたのか、そのほめどころを見極め、努力したことをほめると部下の責任感やモチベーションは高まった。

 部下のほめどころを見つけ、それに対して的を射た前向きな言葉を伝える力がリーダーには必要ということだ。

 とはいえ、重要な注意点がある。

 それは、「部下との人間関係の状況による」ということだ。

 効果的にほめるには、人間関係が良好な必要があるのだ。

 そうではなく、関係性がイマイチな上司からほめられた部下は「なんでほめられるんだろう。なにか厄介なことでも頼まれるんだろうか?」と、戸惑いと疑念を持つ。

 さらに注意したいのが、良好な人間関係を築けている部下に対してだ。

 せっかく頑張っているのに、適切なタイミングでほめないでいると、その部下は「暗黙の叱責を受けている」と感じてしまうのだ。

 上司からのポジティブなフィードバックは、上司が思う以上に部下にとってはモチベーションとなることを肝に銘じておきたい。