1回表の早稲田の攻撃。打席には松木。これまでの試合では2番を打っていたが、今日は1番打者。昨日の勢いそのままに松木は初球をレフト前に弾き返す。「松木が一番バットを振っている」と小宮山監督も目を細める好漢。果敢な積極性でその起用に応えた。2番に入った中川卓也主将が送りバントを決め、3番熊田の打球はセカンドのグラブをはじくライト前ヒット。これで一、三塁とし、4番蛭間は右腕に死球。一死満塁。ここで5番印出太一(2年)に、レフトポール際へのホームランが飛び出すのである。勝って4年生を送り出したかった、と印出は言っている。

 ところが、慶応が実にしぶとい。早稲田先発の鹿田泰生(2年)が粘投するものの、慶応は2回裏に3点を返す。早稲田が3回に2点を追加すれば、その裏に1点を返す。こんな調子で早稲田を射程圏内にとらえ、決して離されない。この試合を逆転勝ちし、明日の3回戦に優勝の可能性を持ち込む意気だ。

 その執念のせいなのかどうか、慶応の攻撃にたびたび幸運が訪れる。打球が一塁ベースに当たって長打になったり、正面のゴロがサード・中川の目の前でイレギュラーバウンドしてレフトへ抜けたり。ツキが慶応に傾いたように見えた。

 7回を終わって8-6で早稲田リード。後攻の慶応にはサヨナラ勝ちの可能性がある。だが9回表、早稲田は一死二塁から7番生沼弥真人(3年)の内野安打で貴重な追加点を挙げた。

 早稲田の継投は鹿田から齋藤正貴(3年)、佐竹洋政(4年)、原を経て伊藤樹(1年)へ。伊藤は3点のリードを守り切る。8回一死から7人の打者に4三振を奪う力投を見せた。

 この早慶戦、両軍ともにヘッドスライディングが目立った。なにがなんでも生きる――そんな選手たちの執念。そのたびに両軍から拍手が湧き上がったのである。

 将棋の元名人、故・米長邦雄永世棋聖は多くの名言を残している。その中に「米長哲学」と呼ばれるものがある。

「自分にとっては消化試合でも、相手にとって重要な対局であれば、相手を全力で負かす」

 自らに大切な勝負に全力を尽くすのは当たり前。そうではない勝負には気が抜けてしまうのも人情だ。しかし、そんなときこそ全身全霊をかけて相手を倒しに行く気持ちが勝負師には必要で、それを怠ると勝負の女神に見放される、と説く。この哲学は多くの棋士の共感を呼び、いまや将棋界の心構えとして常識になっている。

 これがチーム戦となると簡単ではない。一人の意識の緩みがチームに伝播(でんぱ)してしまうことも珍しくないのである。