IT後進国でも
日本のスマホ普及は突出
秋山 日本はICT後進国といわれていますが。
川島 その言い方が妥当かどうか。実はモバイルの端末使用率は、世界で見ると東アジアが高く、とりわけ日本が突出しています(※3)。文化的、あるいは遺伝的に親和性があったのか、理由はまだ分かりません。食事中に家族全員がそれぞれのスマホを見ている図というのは見苦しいものです。モバイル端末に依存している民族の劣化を象徴しています。
スマホ依存、オンライン依存による日本全体のレベルの低下を危惧しています。学術の場でも世界では、すでに人の行き来があるのに、日本だけ取り残されています。オンラインを全部やめて単純にコロナ前に戻せないものかと思います。
医学は同じような苦い歴史を経験してきました。私が若い頃、がんは小さくできるという研究が脚光を浴びました。しかし、薬や施術でがんを小さくできても、がんを持っている人も死んでしまう。研究者というのは得てして全体最適ではなく、がん研究ならがんを消すという部分最適しか見ていない。ICTの研究者でも人間全体を見ている人は少ないです。
秋山 悪気なくICTが本当に世の中を良くすると強く信じているので、なかなか異論を聞くモードにはなりませんね。
川島 ICTの研究者をはじめ、医学では当たり前のエビデンス・ベースト(※4)の考え方を学んでほしい。
秋山 とはいえ、これまで社会科学系は大規模なデータの獲得が難しく、その評価がしにくかったという側面はあると思います。
川島 エビデンスもなく、トップの研究者が言っているからという論法になっているというのがまずいのです。一部の人の思いつきが子どもの教育が壊滅して、日本をだめにするという恐れがあることに気づかない。
秋山 前編でお話しいただいた脳の血流を大規模に計測すれば、エビデンスにできますね。今は、どの広告が何回クリックされてもうけにつながったか、といったアクションのデータだけが有用だと考えられている。
川島 それは企業の理念としては正しいんです。収益を上げられれば、消費者の知的レベルが落ちても構わない。もちろんそうであってもICTを推進するかどうかは、企業理念の問題で、もうけたいだけならもちろんICT漬けにしてみんなアホにしてしまえばいい。けれどもICT推進者に聞きたいのは、その先の社会をどう考えているのか。アプリ開発者の手のひらで踊らされている人だけが一部の人に自由を奪われる世の中がいいのか、それとも自分で一から考えて、アプリを作る側に行きたいか。みんながアプリを作る力を付けるのが本筋ではないでしょうか。
ひとついえるのは、GAFAも消費者の知的レベルが下がりすぎて、自分たちの利益につながらなくなると気づけばICTの推進を抑制するでしょう。ただ、その頃にはもう取り返しのつかないことになっていると思いますが。
秋山 以前のように個別の企業が何かをするのと違って、ネットワークがつながっているので、その中心にいる企業の社会的インパクトが大きすぎますね。ウェブ3.0という寡占大手のプラットフォームなしにつながり合える世界に私はかなり期待していますが、下手をすると、結局新しい支配者を生み出すだけになるかもしれません。
「どうしたらうまくいくか」というHowの前に「何をするのか(何がしたいか)」のWhatがあるべきなのに、WhatよりHowが幅を利かせる世の中です。GAFAに利用されようとも、諦めて使いこなすほうが世渡りとして得という考えの人もいるでしょう。かつて新聞に代わってテレビが普及したとき、「一億総白痴」だとテレビ批判が行われました。新しいメディアが登場すると、守旧派がそのように言いたがるという意見もあるかもしれません。
川島 テレビの登場による一億総白痴化は、エビデンスとは関係なく、そのようなメタファーとして言われたにすぎません。しかし、スマホに関しては、実際に、子どもが小さい時からスマホを使っていると、ドーパミンが出て中毒状態になるというエビデンスがあり、子どもの脳を破壊していることが明らかなのです。新聞がテレビに代わるのとは隔絶した変化なのです。
秋山 先生のご著書の教えのように、子どもを持つ人はスマホ使用を1時間に制限するといいのでしょうか。
川島 これまで、ICT関連企業は日本の「一億総アプリ使う側」にすることを目指し、今それは成功しつつあるわけですが、現実には、1億超の人が貧民化している。それがアプリの上で踊らされる側のなれの果てです。言語コミュニケーションをなくすことは猿になるということ、人であることを諦めるということなのです。LINEが当たり前の人たちが将来社会を担うと考えるとちょっと怖いです。非言語なので、視覚の反応でしか世界を捉えられない。さらに進めば前頭葉が萎縮していくのではないか。
秋山 言語を捨てたヒトとは一体何なのかということですね。
川島 ICTを盲目的に推進する人たちには、今一度、そのような未来が果たして彼らが欲する未来なのかを問いたいし、そこから議論しなければならないと思っています。
(了)
※3 なお、日本人のスマートフォンへの依存度は高いが、タブレット、デジタルアシスタントへの依存度は世界で最も低いという調査結果もある。
※4 実験データや統計データ、症例など具体的な証例に基づいて理論や議論、施策を構築すること。