貧困国で共通することのひとつに、「希望しない妊娠」が繰り返されることが要因となる人口の増大があります。これにより女性の社会進出の道が閉ざされ、教育水準が低下し、それが次世代に引き継がれ、多くの若者のための就労機会を限られ、困窮を極めることになるのです。世界の2022年、世界人口は80億人を突破したと国連が発表しました。70億人からわずか11年、このまま人間が増えると、環境問題、食料問題をはじめ「地球は大丈夫なのか?」と懸念する声にあふれています。このアンバランスをどう考えればいいのでしょうか?『米国防総省・人口統計コンサルタントの 人類超長期予測』(ジェニファー・D・シュバ著、ダイヤモンド社刊)を刊行したばかりの、世界の人口統計学の権威の見方を紹介します。(訳:栗木さつき)
「経済格差は避妊格差」は本当か?
貧困を改善し、教育水準を向上させ、乳幼児死亡率と闘い、女性が自分の出産をコントロールできるように社会的条件を整え、大人数の家族を好む傾向を変えていくのは、控えめに言っても気が遠くなるほど困難な道のりだ。しかし、こうした構造的な変化を起こさなくても、家族計画プログラムさえ実施すれば、大きな影響を及ぼすことができる。
人々が自分の希望に従って妊娠できるようにする一つの方法は、避妊だ。そして、その一端を担うのが技術である。古代においても、家族を増やさずにセックスを楽しみたいと望む人たちは膣坐薬を使用していて、なかには殺精子剤として作用していたものもあったようだ。あるいは、樹脂のような物質を用いて子宮頸部の入り口をふさいでいたらしい。
1844年、ゴムの加硫技術が可能になると、避妊のためのコンドーム使用が広がり始めた。伝えられるところによれば、18世記の有名な色男カサノヴァでさえコンドームを使用し、「イギリスの乗馬服」と呼び、重宝していたという。ほかにも当然のことながら中絶は行われてきたし、1カ月のあいだで女性が妊娠しやすい時期のセックスを避ける、といった工夫もなされてきた。
ここでまた肝要なのは、避妊のための器具を安価に入手できるようにすることだ。これが難題であるため、この20年間、避妊に関しては微々たる成果しか上げられていない。WHO(世界保健機関)によれば、「選択肢が限られているうえ、若く貧しい未婚の人たちのあいだでは、とくにサービス利用への障壁が高くなる。さらに副作用への恐怖や、副作用に苦しんだ経験も障壁となっている。また文化的な反発、または宗教的な反対にあう場合もあれば、利用可能なサービスの質が低い場合もある。避妊法によっては、利用者や提供者が偏見にさらされる場合もある。また性差別によって、こうしたサービスを利用しにくい場合もある」のが現状だ。
とはいえ、こうした障壁を乗り越える方法はある。イランのような国でも、それは可能なのだから。
出生率の高い国々に囲まれているにもかかわらず、イランは早い時期から家族計画に取り組み、一部エリート層からの反発をものともせず、急速に人口転換を進めた。1980年代後半から、イランの指導者らは無料の避妊具を用意し、カウンセリングサービスを受けられるネットワークの構築に乗り出し、結果的にわずか20年のあいだに、女性1人当たりが産む子どもの数を5・5人から2人に下げた。国内でもっとも出生率が高い農村部のイラン人女性でさえ、平均8人の子どもを産んでいた状況を、たった1世代後には約2人にまで減らしたのである。
この結果を左右したのは、家族計画サービスの利用のしやすさだった。人口統計学者のリチャード・チンコッタと政策アナリストのカリーム・サージャプールは「2000年を迎える頃、イランの人口の90%が家族計画サービスを提供する施設から2キロ以内の所に暮らし、そうした施設への定期的移動サービスを公的セクターが遠隔地に提供していた」と述べている。そして当然のことながら、教育を普及させれば、少人数の家族を好む方向へと人々の意識を変えることができる。これはイランにも当てはまり、政府が教育を推奨した結果、イランの大学では女子生徒の数が男子生徒の数を上回るまでになった。
アフリカのサハラ砂漠南縁部に広がる乾燥したサヘル地帯では、イラン同様、出生率を劇的に低下させた国としてボツワナが突出している。ボツワナは1970年代に無料の家族計画サービスを開始し、徐々にその政策を強化してきた。現在、女子の中等教育の就学率は90%を超え、ボツワナの女性の半数以上が現代的な避妊法を利用している。今日、ボツワナの合計特殊出生率は約2・5と、サハラ以南のアフリカではもっとも低いレベルに達しているが、地域全体の合計特殊出生率(ボツワナを含む)はその倍に近い4・8だ。
その地域で好まれている家族の人数を(人口保健調査などを通じて)把握できれば、人口統計学者たちは実際の各世帯の子どもの数と比較したうえで、何らかの政策によってその差を埋められるかどうかを検討できる。出産可能な年齢の女性が「子どもをもう産みたくない」「今後2年以上は妊娠したくない」と考えているにもかかわらず、実際には避妊をしていないのであれば、人口統計学者は「家族計画のニーズが満たされていない」と見なす。妊娠中、もしくは出産直後の女性で、直近の妊娠が望んだものではない例もまた、このカテゴリーに入る。
出産可能な年齢の女性が避妊している割合はここ数十年で大きく増え、1960年に何らかの避妊法を利用していた女性はわずか10%だったが、2000年には現代的な方法―不妊手術、経口避妊薬(ピル)、注射薬、コンドームなど―を利用している女性が55%になった。ところが、近年の増加は緩やかだ。2019年、世界には出産可能な女性は19億人いたが、うち11億人が家族計画を必要としていた。76%を超える人が何らかの方法で避妊をしていたが、それ以外の女性たちは避妊の必要があるのに利用できずにいた。
10%の女性は家族計画のニーズが満たされておらず、その割合は2000年以降変わっていない。例によって、世界全体の数字は有益な指標ではあるものの、国による重要な違いを見えにくくする。世界の最貧困国の15~49歳までの既婚女性のうち、15%未満は現代的な避妊法をいっさい利用していない。そうした避妊法を利用している女性の割合が60%を超える先進国とは対照的だ。リビアでは、既婚女性のわずか24%しか現代的な家族計画サービスを利用できていない。
世界全体を見れば、本人が意図しない妊娠の割合は下降傾向にあるが、それでもなお全体的には高く、2010年から14年までの全妊娠のうち44%が意図しない妊娠だった。そして、こうした妊娠の半分以上(56%)が中絶という結果を迎えており、その割合は開発途上地域(55%)に比べ、先進地域がわずかに多い(59%)。
こうした背景から見ても、家族計画を実現する方法を利用できるかどうかは、地域によって大きく異なっており、この不均衡に取り組む政策こそ、経済発展を推進するためのより広範な政策の主軸にすべきである。