公的な「保険」としての
セーフティーネット

 経済を活性化して、いわゆる「全体のパイ」を大きくするためには、能力主義の徹底が必要だ。しかし、能力主義を徹底するためにはセーフティーネットが強力でないとうまくいかない。端的に言って、「親ガチャ」や「能力ガチャ」に外れで生まれてくるのが怖い。そして、セーフティーネットの役割を家族や企業に担わせると、家族や企業の縮小を招く。

 結論として、まずセーフティーネットを公的に、すなわち国ないし自治体が中心になって用意することが必要だということになる。セーフティーネットは、予測可能で継続的であり、利用者側の自由度が高く、経済的なスケールとして十分に手厚いものがいい。

「自由度」という部分が分かりにくいかもしれないので、例として子ども1人に対して毎月3万円を国が補助する場合を考えてみよう。このとき、教育クーポンのような形で渡すよりも、「使途は自由」として現金を渡す方が、受け取った側では経済的効用がより大きい(正確には「より小さくはならない」)はずだ。全ての家庭にとって、教育費が最優先の支出であるとは限らないからだ。

 セーフティーネットの仕組みとしては、一律に現金を給付して、負担の段階で貧富の差を調整するベーシックインカムが理想に近い(しかも、いわゆるIT化が高度に進まなくても実現できる)。

 給付と負担の「差し引き」で貧富の差を調整するという考え方が、政治家や一部の国民に理解してもらうには難しいということであれば、別の案も考えられる。マイナンバーで個人の経済データを集約して、給付が超過になる家計と、負担が超過になる家計とを判別し、現金のやりとりを管理するのでもいい(データとシステムは大変複雑になるが)。

 また、経済的弱者に「現金を与える」ことに抵抗を感じる層も少なくないようだ。そこで現実的な政策としては、「どうしても必要になる支出」の財源を公的な負担にすることで、似た効果を出すことを考えるといいかもしれない。

 具体的には、国民年金(基礎年金)の全額国庫負担、公共放送(NHK)受信料の国庫負担、大学レベルまでの教育費の無償化(親ガチャ軽減策にもなる)、職業訓練費用の無償化、などを充実させる方法がある。

 当面の経済的な弱者の救済にも、経済的な安心を通じた消費の促進のためにも、少子化対策のためにも、ひいては企業の活力回復のためにも。多くの政策の前提になる条件として、公的なセーフティーネットの大規模な構築が急務だ。

 岸田文雄首相は「新しい資本主義」とセットで「分配」を考えているかもしれない。ある意味では、このチャンスを無駄にするのはもったいない。「資産所得倍増」という言葉から、NISAの大幅拡充をひねり出したような要領で、「分配」をキーワードとして公的セーフティーネットの大規模な構築につなげてほしいものだ。