化学最大手の三菱ケミカルグループが構造改革に乗り出した。同社は今年4月、経営の迷走を招いたとして同社初の外国人社長を事実上解任し、祖業の化学事業に明るい新トップを起用した。新社長は「化学回帰」の路線を打ち出し、長く推し進めてきた規模拡大路線からの転換を模索。同社の社内序列は激変し、出世の力学も変わりそうだ。特集『化学サバイバル!』の#1では、三菱ケミカルが目指す経営の新たな方向性を解説する。グループ傘下の田辺三菱製薬や産業ガス事業はどうなるのか。(ダイヤモンド編集部副編集長 名古屋和希)
経営の混乱で人材が流出
外国人トップは事実上解任
「経営の混乱で従業員と経営の乖離が生じた」。化学最大手の三菱ケミカルグループの筑本学社長は11月13日の事業戦略説明会の冒頭に、新たな中期経営計画を策定した理由をそう語った。
経営の混乱とは、前社長であるジョンマーク・ギルソン氏の政権で生じたものだ。三菱ケミカルは2021年4月、ベルギー出身でフランスの化学メーカーのCEO(最高経営責任者)だったギルソン氏を社長に起用した。同社で外国人社長は初。社外からギルソン氏を社長に選んだ当時の社外取締役の橋本孝之氏は、かつてダイヤモンド編集部の取材に「(ギルソン氏の)改革の意思を示す情熱が評価につながった」と語っていた。
だが、ギルソン氏のトップ就任後、同社は混乱に陥った。最たるものが、激しい人材流出である。ギルソン氏は従業員の福利厚生にメスを入れた。特に、不満が募ったのが住宅手当の廃止である。そして、「嫌気が指して離職する人が相次いだ」(同社関係者)のだ。従業員だけではない。複数の幹部もギルソン体制下で同社を去った。
結局、同社の取締役会は昨年12月、ギルソン氏を事実上解任する。後任のトップに選任された筑本氏は、その取締役会でこう発言した。「この3年間は従業員不在だった。取締役は反省しなければならない」。
人材流出だけではない。経営の方向性が定まらなかったことも問題だった。米スリーエムやシャープなどの出身者で組んだチームギルソンが21年12月に策定した新経営方針では、エレクトロニクスとヘルスケア&ライフサイエンスが最重要領域に位置付けられた。一方で、基幹事業である石油化学事業と炭素事業については分離・再編を進めるとした。業界の盟主として、石化再編のリーダーシップを取るという意気込みが表れていた。
ただし、事前の根回しもなく、突如ぶち上げた石化再編構想に業界内から反発の声が上がった。もちろん、中国による過剰な化学品の大増産を背景に、収益性の低い石化の再編は業界の大義でもあった。だが、三菱ケミカル主導での再編は全く進まなかった。理由は、「ギルソン氏が石化を全く理解していなかった」(化学大手首脳)からだ。
関係者によると、旧昭和電工が旧日立化成を買収して発足し、半導体シフトを進めるレゾナック・ホールディングスとの提携も俎上に載せられた。だが、議論はまとまらず、同社は石化事業を独立・分社化するパーシャル・スピンオフ(部分離脱)にかじを切る。
西日本でのエチレン設備の連携は、先行して議論を進めていた三井化学と旭化成に、三菱ケミカルが加わり、3社提携に発展した。ギリギリ滑り込んだ格好だった。結局、“主導”とは程遠い状態だったのだ。この石化再編の迷走もギルソン氏解任の一因となったとされる。
3年間にわたる経営の混乱は、今年4月1日付でギルソン氏がトップを退き、筑本氏が新社長に就任したことでいったんは落ち着いた。筑本政権は新たな中計を基に大規模な構造改革に乗り出した。保守本流ともいえる筑本氏がトップに就任し、三菱ケミカルの社内序列は変動し、重要ポジションも変わりつつある。次ページでは、筑本氏が目指す経営の方向性を解説する。グループ傘下の田辺三菱製薬や産業ガス事業はどうなるのか。