異業種交流会で新しいコンセプトが生まれない理由

 この実態を東京の大企業の人に話すと、名刺交換に励む異業種交流会や週末のゴルフコンペを想像して、「ああ、あれですね」と答えます。似て非なるものといってよいか、私は少々迷います。確かに違った分野の人と言葉を交わす。そこで何らかのインスピレーションを得たりします。ただ、ややフォーマルさが残っている気がします。もっと偶発性の確度を上げる環境が欲しいです。

 前ページのチャートが示すのは、日本の場合、どちらかというと地方都市の中堅以下の企業の経営者の集まりのリアリティに近いのではないかと思います。日常生活がベースにあり、偶然の要素が加わり、そこで新しいアイデアが生まれるというシーンです。あるいは新型コロナのパンデミックを機にした新しいライフスタイルからすれば、東京都心のオフィス街ではなく、郊外の自宅でリモートワークを取り入れた人たちのコミュニティにデザインディスコースが成立しやすいでしょう。

 いずれにせよ、私はミラノのデザインディスコースの最初は「ポケットマネー」であると見ていました。コーヒーをおごる、食事に誘う。これらが交際費として落ちないと見知らぬ人と会わない。それでは前進しづらいです。だから大企業の社員が業務の一環として一歩踏み出すとなると、「公式であろうとする」ことが邪魔するだろうと思っていました。その点からリモートワークとデザインディスコースは相性が良いのです。カジュアルなファッションを装った私生活を軸にしたソーシャルライフが主体となるからです。いってみればネクタイを外すことです。文化に関わります。

 前ページのチャートについて一つ注意点を挙げると、これは2009年に作成されたものです。2021年、ベルガンティの同僚がこのチャートを使ってデザインディスコースを説明しているのを見ました(ベルガンティ自身は『突破するデザイン』を出した後、『デザイン・ドリブン・イノベーション』の内容をあまり引用していません)。1点、変更点がありました。それは中心が「企業」ではなく「people(人々)」となっていました。イノベーションの主体が生活する人々に移っているからです。

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