あえて効率化や生産性を考えない時間を共有する

――そういう上司だったら部下は信頼して、安心して新しいことにチャレンジできますね。ただ、既存事業も回して利益を出しながら、新しいビジネスもはじめるのはかなり大変そうです。

石川 その通りで、7~8割の仕事は既存事業でしっかりやりなさい、残りの2割ぐらいは新しいビジネスも考えなさい、と現場に指示している企業は増えています。だから、今まで目の前の仕事だけ一生懸命やれと言われていた人は、急に考えたこともないことをやれと言われて大変だと思います。

 というのも、40代半ばくらいまでの人は、日本経済が右肩下がりの時代しか知らないので、コストを抑えて効率性や生産性をあげるように言われ続けてきたんですね。

 つまり、失敗なんて絶対許されない、と思うような育てられ方をしているのです。そういう人が、突然、新しいことを考えろとか、今までのやり方を疑えとか真逆のことを言われても、「ええ?」って戸惑ってしまいますよね。

――そういう局面に直面したときは、本書にある「『効率化』で墓穴を掘らない方法」のディープ・スキルが役立ちそうです。最近は、社員で離島などに合宿して、あえて効率化や生産性を考えない時間をつくってアイデアを考えるベンチャー起業も増えているそうです。

石川 よくわかります。もちろん、仕事をするうえで「効率性」を意識するのは大事なことです。しかし、「効率性」を高めるために、なんでもかんでも「削減」していたら、仕事そのものが成り立たなくなるでしょう。

 たとえば、職場のコミュニケーションもそうです。メンバーの雑談は一見、業務効率を下げているように見えますが、これは仕事を成立させる根幹ですらあると、私は思います。

 なぜなら、本書で何度も繰り返し書いたように、仕事とは誰かの「不」(「不安」「不満」などの「不」)を解消して喜んでもらって、その対価をいただくことだからです。その「不」を発見するためには、身近な人の考え方や価値観をまず知ることが大事ですが、職場の人と仕事の話しかしていないとわかりませんよね。

 だから私は、大手企業の新規事業のプロジェクトメンバーと話をする機会がある場合は、1人1人の考え方や価値観を知るためにいろいろ質問します。時間の余裕があれば、入社の動機や大学時代にやっていたこと、いつかやってみたいことも聞くようにしていますね。

 すると、「そんなこと聞かれたのは入社以来はじめてです」という人が結構いてびっくりします。毎日顔を合わせている職場の人のこともよく知らずに、会ったこともないお客様の「不」なんてわかるはずがありませんし、その「不」を解消する事業を考えるなんて難しいですよね。身近な人と「人間として交流する」ことは、いいビジネスをするための根幹だと思うんです。

上司が職場の「心理的安全性」よりも重視すべきこと・ベスト1

部下に上手に失敗させてフォローできる上司は信頼される

――最近は何でもハラスメントになるので、仕事と関係ない個人的な話はあえて避けている人もいそうです。

石川 それはあるでしょうね。文脈はちょっと違いますが、「心理的安全性」を重視する企業が増えて、誰がどんな意見を言っても否定せず、できるだけ波風を立てない傾向も強まっています。ただし、あまりにも当たり障りのない表面的な会話しかしていないと、最悪の事態を招くこともあります。

 に具体的なエピソードを書きましたが、本当にビジネスを成功させるためには、十手先、二十手先を考えて、あえて波風を立たせることも必要な場合があるのです。何か新しいことをやるときは壁にぶつかっても突き破るくらいのエネルギーが必要です。そこを避けて、可もなく不可もない感じで進めようとすると、大抵はうまくいきませんから。

――多少、意見がぶつかっても発展的な話し合いをするためには、信頼関係がないと難しいですよね。

石川 そうです。部下がトラブルを起こしたとき、ちゃんとフォローできる上司は信頼関係を築くのが上手ですね。だから、なんでもかんでも口出しせずに部下に小さな失敗をたくさん経験させたほうが、トラブルをチャンスに変えられます。

 それが難しいなら、上司が自分から失敗談をどんどん話したほうがいいです。そうすると部下も失敗を怖れなくなって、トラブルが起きても早めに相談してくれるようになります。

 ところが残念ながら、自分の失敗を話したがらない上司がすごく多いんですね。みんな、「自分は仕事ができるんだ」という虚勢を張りたがるのです。

 でも、課長や部長になった人の地位は、いくら失敗談を話したところで変わりません。むしろ、「いやぁ、若かった頃は失敗ばかりでね……。失敗をバネにしてきたようなもんだよ」と自分を落とせば落とすほど、部下は上司に親近感をもってくれるでしょう。親近感をもてるからこそ、その上司に話しかけやすい。その結果、上司には多くの貴重な情報が集まるわけです。

 そのうえで、いざトラブル発生となれば、部下を守り、的確にサポートする。そういう頼り甲斐のある上司であることこそが、職場の信頼関係を醸成し、「心理的安全性」の礎となるのではないでしょうか。「失敗」や「トラブル」とどう向き合うか。ここにディープ・スキルの重要なポイントがあると、私は思っています。

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