養老孟司氏、隈研吾氏、斎藤幸平氏らが絶賛している話題書マザーツリー 森に隠された「知性」をめぐる冒険』──。樹木たちの「会話」を可能にする「地中の菌類ネットワーク」を解明した同書のオリジナル版は、刊行直後から世界で大きな話題を呼び、早くも映画化が決定した。待望の日本語版が刊行されたことを記念し、本文の一部を特別に公開する。

【第一人者が明かす】森そのものが「思考」する驚くべき知的メカニズムPhoto: Adobe Stock

森の地中でも「シナプス」を介して
情報伝達が起きている

 菌根ネットワークは実際のところ、私たちのニューラルネットワークとどれくらい似ているのだろう?

 たしかに、ネットワークの形状や、そのネットワークを通じてノードからノードに微分子が送られるという点は似ているかもしれない。

 だがシナプスはどうだろう──ニューラルネットワークにおいて信号が伝達されるには、シナプスがあることが必須であるはずだ。そして、木にとってもまた、近隣の木にストレスがかかっているか健康かを検知するためにはシナプスが重要なのではないだろうか。

 人間の脳内で、神経伝達物質がシナプス間隙を越えて一つのニューロンから別のニューロンに信号を伝えるのと同じように、もしかすると菌根の内部でも、菌類の皮膜と植物の皮膜が接合するシナプスを越えて信号が拡散されているのかもしれない。

 菌根ネットワークのなかでも、私たちの脳で起こっているのと同じように、情報がシナプスを越えて送られているのだろうか?

 アミノ酸、水、ホルモン、防御シグナル、他感物質(毒)、その他の代謝産物が、菌類の皮膜と植物の皮膜のあいだにあるシナプスを越えるということはすでにわかっていた。ほかの木から菌根ネットワークを通ってやって来る分子はみな、同じくシナプスを通って送られるのかもしれない。

「森という脳」もまた
問題解決のために「考えている」のでは?

 私はいいところに気づいたのかもしれなかった。ニューラルネットワークと菌根ネットワークは共に、シナプスを通過させて情報分子を送るのだ。

 分子は単に隣り合う植物細胞の隔壁やびっしり並んだ真菌細胞の隔壁孔を通って伝わるだけでなく、異なった植物の根や異なった菌根の先端にあるシナプスを越えても伝わるのである。

 シナプスに化学物質が放出されると、その情報は、人間の神経系のメカニズムに似た形で、菌類の根の先端から先端へと運ばれるに違いない。

【第一人者が明かす】森そのものが「思考」する驚くべき知的メカニズムマザーツリー 森に隠された「知性」をめぐる冒険』本文口絵より。美しい樹木や菌類たちの魅力的なカラー写真も多数掲載。

 菌根ネットワークのなかでは、人間のニューラルネットワークで起こっているのと同じ基本的なプロセスが起こっているように私には思われた──私たちが、問題を解決したり、重要な決断をしたり、人との関係を調整したりするときに閃きをくれるあのプロセスが。もしかするとどちらのネットワークからも、つながりとコミュニケーションと結束が生まれるのかもしれない。

森は「知性=インテリジェンス」を持っている

 植物が、神経系に似た生理機能を使って周囲の環境を認識するということは、すでに広く認められた事実だった。植物の葉、茎、根は、周りの状況を感知し理解して、それに合わせて自らの生理機能──成長率、養分を集める能力、光合成速度、水分の蒸散を防ぐための気孔閉鎖など──を変化させる。

 そして菌糸もまた、周囲の環境を認識し、自らの構造や生理機能を変化させるのだ。

 ラテン語の動詞intelligereは、理解する、気づく、という意味だ。

 インテリジェンス。知性。

 菌根ネットワークには、知性と呼べるものの特徴があるのかもしれない。

 森のニューラルネットワークのハブにはマザーツリーがあり、もっと小さい木々にとっての中心的な役割を果たしていた──娘たちの幸福にとって私がそうであるように。

(本原稿は、スザンヌ・シマード著『マザーツリー』〈三木直子訳〉からの抜粋です)