ラテン語こそ世界最高の教養である――。超難関試験を突破し、東アジアで初めてロタ・ロマーナ(バチカン裁判所)の弁護士になったハン・ドンイル氏による「ラテン語の授業」が注目を集めている。同氏による世界的ベストセラー『教養としての「ラテン語の授業」――古代ローマに学ぶリベラルアーツの源流』(ハン・ドンイル著、本村凌二監訳、岡崎暢子訳)は、ラテン語という古い言葉を通して、歴史、哲学、宗教、文化、芸術、経済のルーツを解き明かしている。韓国では100刷を超えるロングセラーとなっており、「世界を見る視野が広くなった」「思考がより深くなった」と絶賛の声が集まっている。本稿では、本書より内容の一部を特別に公開する。

身近な人の死を乗り越える「たった1つの考え方」Photo: Adobe Stock

古代ローマ人は、人の死をどう考えていたか?

 古代ローマ人の葬儀に対する風習も複雑で厳粛です。人が死ぬと、「ポリンクトル pollinctor」と呼ばれる葬儀業者がやってきます。「家の中庭 atrium」の棺台の上で死者の足を門側に向けて置くと、遺体を清めて軟膏を塗った後、死に装束を着せます。死者の口にはこの世からあの世へ行くのに必要な旅費としてコインを入れます。

 窃盗の危険があるので、棺の中に金を入れてはいけません。金歯だけは例外で、そのまま一緒に土葬または火葬したようです(十二表法 第十表)(訳注:十二表法とは古代ローマの最古の法典)。死者が有力者である場合は、ミツロウでデスマスクを取りました。棺を家から見えるところに置いて葬儀が進められ、「ディッシニャートル dissignator」という葬儀の指揮者が葬送行列の先頭に立ち、その後ろには死を悼む歌を歌う楽隊と、喪家に雇われた泣き女が続きました。

 行列の中には舞踊曲の演奏者やローマ時代の高官の権威を示す標識をかついだ道案内人、たいまつの運び人もいました。

 このようにして死者は、残された家族とともに墓地へと向かいました。遺体は衛生的理由により〈都市ローマで死者を埋葬、火葬してはならないHominem mortuum in urbe ne sepelito neve urito〉という十二表法の規定に沿い、町の外の共同墓地に移されました。

Hodie mihi, Cras tibi
ホディエ・ミヒ、クラス・ティビ
今日は私へ、明日はあなたへ。

 これはローマの共同墓地の石碑に刻まれた文句で、「今日は私が棺に入り、明日はあなたが棺に入るのだから、他人の死を通して自らの死を考えてみなさい」という意味です。

 人間という存在は、永遠からやってきて有限を生き、そしてまた永遠へと帰って行くのです。一度息が止まればそれで終わりの人生なのに、永遠からやってきたからか、人間はまるで命が永遠である存在かのごとく振る舞っています。

(本原稿は、ハン・ドンイル著『教養としての「ラテン語の授業」――古代ローマに学ぶリベラルアーツの源流』を編集・抜粋したものです)