サブスクリプションサービス(以下、サブスク)が盛り上がりを見せている。今ではサブスクを提供していない業種を探すほうが難しいくらいだ。ただ、サブスクを提供する業種は多いものの、苦戦している企業が少なくないのも実情である。
なぜ、サブスクがうまくいかないのか。創業間もない頃のセールスフォースに参画してCMO(最高マーケティング責任者)やCSO(最高戦略責任者)を歴任後、2007年に収益管理や料金回収システムなどサブスクサービス展開に必要な機能をクラウドで1000社以上に提供するズオラ(Zuora)を創業し代表を務めるティエン・ツォらがまとめた書籍『サブスクリプション 「顧客の成功」が収益を生む新時代のビジネスモデル』(ティエン・ツォ/ゲイブ・ワイザート、監訳・桑野順一郎、訳・御立英史)では、サブスクの本質といかに実践するかが語られている。本稿では、サブスクモデルを採用しづらい業種があるのかについて一部抜粋して紹介する(構成・栗下直也)。

今の製造業は「若い男の体になって目を覚ました老人」に似ている【サブスクサービスの成否】目覚めたら…(Photo: Adobe Stock/写真はイメージです)

サブスク化できないものは存在しない

 サブスクが当たり前のビジネスモデルになって久しい。だが、このビジネスモデルが世にあらわれた当初、誰もが疑問に思ったことがある。そして、それはサブスクを提供する著者の周辺でも議論の的だった。

サブスクリプション・モデルを採用できないビジネスがあるだろうか?(中略)ずっしり、重いモノの世界はどうだろう――ビル、産業機器、建設機材などは? たとえば、冷蔵庫などというモノをサブスクライブできるだろうか。(p.147)

 サブスク化の根本にはデジタル化の進展がある。データで情報を取得し、サービスを提供できるようになり、メディアやソフトウェアのサブスク化への移行のハードルは下がった。だが、情報やデータでないモノ、特に大型のモノはどのようにサブスク化すればよいのか。

顧客が欲しいのは「牛ではなくミルク」

 答えは意外にも明快だ。

サブスクリプションできないものはない。なぜなのか種明かししよう。製品が供給するサービスのレベルについて契約すればよいのである。それはすべてに応用できる方法だ。(p.148)
顧客が望んでいるのは製品ではなく、製品を使って実現できる結果だ。牛ではなくミルクなのだ。(p.161)

 わかりやすいのが乗り物だ。自動車メーカー各社はサブスクを始めているが「もはや車を売る時代ではない」と「車」ではなく「移動」を売ろうとしている。民間企業だけでなく、自治体でも徳島県は移住支援の一環でタクシーやレンタカー、高速バス、飛行機などの移動手段を毎月、定額で提供する取り組みを始めている。

 BtoBの世界も同じだ。コマツやキャタピラーなどの建設用重機メーカーもサブスクを提供している。「建機のサブスク?」と聞くとイメージしづらいかもしれないが、発想は同じだ。牛ではなくミルクを提供するのだ。

私たちは、彼らの顧客に対する問いを、「トラックは何台お入り用ですか?」から「どのくらい土砂を移動する必要がありますか?」に変える手助けをしている。(p.150)

 建機を使う顧客は機械を買いたいわけではない。一定量の土砂を正確に効率よく掘削したいのだ。

 例えばコマツは「スマートコンストラクション・レトロフィットキット」と呼ぶサブスクを提供している。

 顧客はコマツの提供する衛星アンテナや建機の動きを把握するセンサーなどのキットを建機に組み込めば、わずか2センチメートルの誤差の範囲内での施工が可能になる。中古建機や他社製品にも対応している。掘削作業をタブレット端末のガイダンスに従って精緻にこなせ、工事の進捗をデータとして管理できるようにもなる。

 こうしたサービスを実現したのはデータが重要な価値を持ち始めたことに企業が気づいたからである。ありとあらゆるものにセンサーが組み込まれ、製品がどのように使われているかを把握できるようになり、改善につなげる。IoT(モノのインターネット)の普及だ。IoTがサブスクを大きく後押ししたのだ。

IoTが顧客を再発見する

 2020年代において、IoTは当たり前の仕組みに思われている。だが、私たちはIoTの本質をどこまで理解しているだろうか。IoTは単なる業務の効率化の道具ではない。

IoTによって、企業は一元客にバラバラの製品を売るのではなく、システムとしての製品を売ることができるようになったということだ。(p.161)
コネクティビティが製品をサービスに変え、それによって企業は製品ではなく結果を売ることができるようになる(p.164)

 サブスクは先進国が直面するモノが売れない時代の救世主のように思われがちだが、そうではない。あくまでも、ビジネスモデルの変革のひとつだ。IoTでモノとモノをつなぐことで、企業と顧客のつながりも強靭になる。それこそサブスクの本質だ。

IoTによって顧客を再発見することができる。(p.171)

 著者によると、今の製造業は「若い男の体になって目を覚ました老人」に似ているという。製造業は古くからある業態だが、あらゆるデータを収集・分析できる時代になり、周囲を見渡せばビジネスの改善の余地や新しいサービスの可能性にあふれているからだ。だが、若者には若者のルールがあるように、データの世界にはデータの世界の戦い方が必要になる。いかに自分たちを受け入れてきてくれた顧客を分析し、新しい顧客の開拓につなげるか。企業と顧客との「つながり」はどのような競合も手に入れることができない唯一の武器なのだから。