親は自分の世界観よりも子供の適性や意欲を優先すべきである。そしてその配慮として、特に子供の選択には、言語メッセージ(例えば、「好きにすればいい」という言葉)だけでなく、非言語メッセージ(例えば、目線や表情などのボディランゲージ)にも気を配るべきことを忘れてはならない。幼い頃から自分の世界観を度外視して子供を見ていれば、子供の適性や意欲の源を見出すことは難しいことではない。作文が上手ければ全力で褒め、歴史好きならば、その知識に感嘆してみせればいい。

 私は父親に、ここでH君に真面目に深々と謝ってくださいと強く求めた。長年、息子の長所を受け入れずに、自分の世界観を押し付けてきたのだから、謝ってしかるべきだという私の考えも重ねて伝えた。

 私の質問攻めの際に、父親は自分がH君にこれまでどんな信号を送ってきたのか気づいたのだろう。父親はH君に向かって、次のように述べた。

「自分は間違っていた。自分のようになってほしいというエゴでおまえを見てきた、それは間違いだった。おまえには代え難い良いところがたくさんある。悪かった、申し訳なかった」

 黙って聞いたまま何の反応も示さないH君に、私は言った。

 高校2年生にもなれば、人生は自分のものだとわかるだろう。声優になるのは自由だが、しかし親が支援しないというならば、アルバイトをしてお金を貯めてから自力で専門学校へ進学しなさい。声優という目標が確固たるものだったならばきっとできる。ただし、高校生活はまだ1年以上残っている。声優になるならば、どんなクラスに所属しても構わない、であれば3年生になったとき文系クラスに転科しなさい。少なくとも理系が君の道ではないことは君自身が一番わかっているはずだ。

 H君はここで私に初めて反応し「わかっています」と小さく返事をした。これを受けて、両親に語りかける。

 文系に移ってもバカにしませんか? 文系の私立大学に通うことになっても気持ちよく学費を出せますか? 声優の道をH君がどう考えるか干渉しないで見守れますか?

 両親とも「できます」と端的に答えて面談は終わった。H君はその後、苦手な数学を受験科目から外し、文系クラスに転じることを決めた。