「自分がいくら状況を改善しようとしても、上司がちっとも変わろうとしないんだからどうしようもない」とは、よく聞くビジネスパーソンの悩みです。『アンラーン戦略 「過去の成功」を手放すことでありえないほどの力を引き出す』を監訳した株式会社チームボックスCEOの中竹竜二さんが、昨年12月、都内で開催した同書の読書会でも、参加者が関心をもった課題のトップにこのテーマがあがりました。早稲田大学ラグビー部監督として大学選手権2連覇を果たし、退任後は自ら起業したチームボックスで企業のリーダー育成トレーニングを数多く手がけてきた中竹さんの、この難題へのあざやかな解説を公開します。(構成:加藤紀子 撮影:石橋雅人)

変わらない上司Photo: Adobe Stock

なぜ上司にアンラーンを促すのは大変か

 アンラーンとは、これまでの学びや価値観、成功体験や獲得した栄光を思い切って手放すことです。

 この読書会の冒頭にお話しした韓国のアイドルグループBTSや、大手電気機器メーカー部長Mさんのアンラーンストーリーからもわかるように、アンラーンに成功することはその後の大きな飛躍につながります。

 新しいテクノロジーやニューノーマルが次々に現れる現代において、少し前の常識から離れ、新たな時代の競争力のあるノウハウを身につける。これこそがアンラーンの真骨頂です。

 今日、そのアンラーンに関心があってここに来てくださっている皆さんは、自分自身を冷静にメタ認知でき、自分が変わることを厭わないマインドをお持ちなのだと思います。

 だからこそ、自分よりもっと影響力のある上司にもアンラーンしてもらい、組織全体を変革していきたいというパッションに駆られる人が多いのではないでしょうか。

 アンラーンの素晴らしさをぜひ上司にも知ってほしい。こんなに大事なことをなぜやろうとしないのか。

 今回最も多かった「変わろうとしない上司をどうやってアンラーンさせるか」という悩みには、そうしたみなさんの使命感や高揚感がベースにあるのでしょう。

いったん「上司は変えられない」と腹を括る

 では、これに対する僕の答えはというと、大前提として「上司は変えられない」と腹を括るべきです。

 いきなり身も蓋もないことを言って申し訳ないのですが、これが現実です。なぜ変えられないと考えるべきなのか。あらためて上司の置かれている立場を考えてみましょう。

 年齢を重ね、組織の中に長くいればいるほど、誰しもこれまでの成功体験にしがみつきたくなるものです。悲喜こもごも、たくさんの経験の上に今の自分は立っている。

 だからなるべくならこのまま、目の前に見える会社人生の最終コーナーを逃げ切りたいと思う人の方が多いのではないでしょうか。

 繰り返しになりますが、アンラーンとは、まずは過去を手放すことからはじまります。今、お話ししたようなステージにいる、上司くらいの年齢の人がアンラーンするって、みなさんどこまで「自分ゴト」としてピンと来ますか。

中竹竜二さん中竹竜二(なかたけ・りゅうじ)
株式会社チームボックス代表取締役
1973年福岡県生まれ。早稲田大学卒業、レスター大学大学院修了。三菱総合研究所を経て、早稲田大学ラグビー蹴球部監督に就任。自律支援型の指導法で大学選手権二連覇を果たす。2010年より日本ラグビーフットボール協会、指導者を指導する立場である初代コーチングディレクターに就任。12年より3期にわたりU20日本代表ヘッドコーチを経て、16年には日本代表ヘッドコーチ代行も兼務。14年、企業のリーダー育成トレーニングを行う株式会社チームボックス設立。18年、コーチの学びの場を創出し促進するための団体、スポーツコーチングJapanを設立、代表理事を務める。著書に『ウィニングカルチャー 勝ちぐせのある人と組織のつくり方』(ダイヤモンド社)など多数。最新作の監訳した「アンラーン戦略」がある。

 想像はつくけれど、「自分ゴト」としてはピンと来ない。当然です。僕にもわからないです。

 その立場になったことがない限り、誰にもわからないのです。

 だから実は、「変わろうとしない上司をどうやってアンラーンさせるか」という問いそのものをアンラーンしないといけないのです。

「変える」から「影響を与える」へ

 アンラーンの最初のステップは「脱学習」です。これまでの思い込みから抜け出し、それらを手放します。その上で、次のステップである「再学習」に進みます。

「再学習」では、「脱学習」によって空いたスペースに新たなデータや情報、視点を受け入れて、これまでの自分にはなかった新しい学びや気づきを得ます。

 そして、最後のステップである「ブレイクスルー」では、「アンラーン」が頭の中だけで終わっていないか、実際に変化が起きているかどうかを確かめます。

 今回の「変わろうとしない上司をどうやってアンラーンさせるか」という問いをアンラーンするなら、「脱学習」とは、上司の立場でアンラーンをすることは非常に困難だと理解すること。出発点として、「上司は変えられない」という原点を忘れてはいけません。

 そして「再学習」ではあらためて、「アンラーンできない上司にどう影響を与えるか」を考えます。私はこの「再学習」のステップで、次の2つのマインドセットへの切り替えをお勧めしたいと思います。

直接対決には残念ながら意味がない

 1つ目は、「戦わない」こと。「直接対決を避ける」ことです。

 実際には、アンラーンできない上司から新しい挑戦の邪魔をされたり、成果を奪われたりした経験のある人はいっぱいいると思います。けれど、直接対決って消耗するわりには得るものが少ないように感じませんか。

 だからこそ、槍は上司に向けない。むしろ自分に向けるのです。

 リベンジという言葉には、日本語で「仕返し」と「見返し」という訳が当てられますが、「仕返し」は敵に槍を向けること。一方で「見返し」は自分を成長させ、自分の成果で相手をギャフンと言わせることです。

「見返し」であれば組織そのものの成長にもつながり、結果的にwin-winになるケースもある。だから、頭にくる上司にも「仕返し」ではなく「見返し」をするのです。

 では、どうやって「見返し」するのか。それは、誰も見ていないようなところでゲリラ的にさまざまなプロジェクトをやってみることです。

 突発的で小規模なものなら、上司に万が一バレても、「言ってませんでしたっけ?あ、すみませんでした」と頭を下げておけばいい。

こ れがまさに「再学習」のコツであるスモールステップです。そうやって小さな実績を1個ずつ積み上げていくことで点が面になり、じわじわと影響力が大きくなっていくのです。

課題を置き換えて問い直すことが大切

 もう1つのマインドセットは、「寄り添う」ことです。

 私は今回皆さんの多くが悩んでいる「変わろうとしない上司をどうやってアンラーンさせるか」という問いは、「アンラーンできない上司にどれだけ寄り添うか」という問いに置き換えることが重要だと思っています。

 今の上司に当たる世代は、上に忖度をしないと仕事が進まないという社会構造の中で歯を食いしばって頑張ってきた人たちです。

 アンラーンの時代だからといって、そこをバッサリとなかったことにしてしまうのは、さすがに酷ではないのか。そんな視点に立ってみると、「今まで大変でしたよね」「僕もその時代だったら無理だったかもしれません」と寄り添うセリフも出てくるものです。

「まさにそれこそが悪しき忖度ではないか!」と思われるかもしれません。ですがまずは相手を認め、手を差し伸べるところから始める方が意外とうまく行くのです。

「もっと若かったらみんなみたいにアンラーンしたいけど、もう歳だし無理だよな」といった本音が引き出せ、「大丈夫ですよ、今から頑張りましょう」と肩を組み合える同志のように、互いの距離感がグッと近づくはずです。

 上司は変えられない。この前提はとても大事です。

上司のアンラーンには「労わる」プロセスがほしい

 一方で、今お話ししてきたような「戦わない」、そして「寄り添う」マインドセットで行動につなげていくと、上司よりも先に、みなさんの部下や周りのメンバーが影響を受けるはずです。なぜなら、まだこれから先の会社人生が長い人の方がアンラーンしやすいからです。

 そうやって組織の中で、5人、10人、20人とアンラーンが広がり、「ブレイクスルー」の「行動→視点→マインドセット」のサイクルが循環しながらどんどん成果が上がっていけば、組織自体が変わっていく。

 そうなればいよいよ上司も、「自分も変わらなくては」と思うようになるでしょう。少なくとも、上司が変革の邪魔することはできなくなっているはずです。

 結果的には、変えられなかったはずの上司も自ずと変わっていく。そんなアンラーンが実現するのです。

 片付けコンサルタントの近藤麻理恵さんは、たとえときめかなかったモノでも、それを手放す時には「ありがとう」と声をかけてねぎらおうと言っています。それは、頑張っている自分の労をねぎらっていることにもなるのだ、と。

 オライリー氏はこの本の中でとにかく「脱学習」をしろと強いメッセージを送っていますが、僕はその前に、古い価値観やシステムに拘泥し、新しい変化を受け入れない人たちに対しては過去の栄光や業績を承認し、これまでの苦労をねぎらってあげることが大事だと思っています。

 先輩たちの成功体験を「成仏」させてあげるプロセスを踏むことが、彼らをアンラーンへと導ける唯一で最短のルートになるのではないでしょうか。