NYタイムズが「映画『チャイナ・シンドローム』や『ミッション:インポッシブル』並のノンフィクション・スリラーだ」と絶賛! エコノミストが「半導体産業を理解したい人にとって本書は素晴らしい出発点になる」と激賞!! フィナンシャル・タイムズ ビジネス・ブック・オブ・ザ・イヤー2022を受賞した超話題作、Chip Warがついに日本に上陸する。
にわかに不足が叫ばれているように、半導体はもはや汎用品ではない。著者のクリス・ミラーが指摘しているように、「半導体の数は限られており、その製造過程は目が回るほど複雑で、恐ろしいほどコストがかかる」のだ。「生産はいくつかの決定的な急所にまるまるかかって」おり、たとえばiPhoneで使われているあるプロセッサは、世界中を見回しても、「たったひとつの企業のたったひとつの建物」でしか生産できない。
もはや石油を超える世界最重要資源である半導体をめぐって、世界各国はどのような思惑を持っているのか? 今回上梓される翻訳書、『半導体戦争――世界最重要テクノロジーをめぐる国家間の攻防』にて、半導体をめぐる地政学的力学、発展の歴史、技術の本質が明かされている。発売を記念し、本書の一部を特別に公開する。

半導体の供給が危ぶまれている地政学的な理由とはPhoto: Adobe Stock

半導体は、もはや石油を超える
世界最重要資源

 典型的なチップは、日本企業が保有するイギリス拠点の企業「アーム」の設計図を使い、カリフォルニア州とイスラエルの技術者チームによって、アメリカ製の設計ソフトウェアを用いて設計される。

 完成した設計は、超高純度のシリコン・ウェハーや特殊なガスを日本から購入している台湾の工場へと送られる。その設計は、原子数個分の厚さしかない材料のエッチング、成膜、測定が可能な世界一精密な装置を用いて、シリコンへと刻み込まれる。

 こうした装置を生産しているのは主に5社で、1社がオランダ、1社が日本、3社がカリフォルニアの企業だ。その装置がなければ、先進的な半導体を製造することは基本的に不可能だ。製造が終わると、半導体はたいてい東南アジアでパッケージングとテストが行なわれ、次に中国へと送られて携帯電話やコンピュータへと組み立てられる。

 この半導体の生産工程のうち、どのステップが滞っても、新たな計算能力の世界的な供給が危機に瀕する。AI時代においては、データこそが新たな石油だとよく言われる。しかし、私たちが直面している真の制約は、データではなく処理能力の不足にある

 データの保存や処理ができる半導体の数は限られており、その製造工程は目が回るほど複雑で、恐ろしいまでのコストがかかる。いろいろな国から購入できる石油とはちがって、計算能力の生産はいくつかの決定的な急所にまるまるかかっている。それは、一握りの企業、ときにはたった1社でしか生産できない装置、化学薬品、ソフトウェアである。

 今日の経済のなかで、これほど少数の企業に依存しきっている分野は、半導体産業をおいてほかにないだろう。実際、台湾製のチップは毎年世界の新たな計算能力の37%を生み出している。2社の韓国企業は、世界のメモリ・チップの44%を生産している[1]。

 オランダのASMLという企業は、最先端の半導体の製造に欠かせない極端紫外線リソグラフィ装置を100%製造している。それと比べると、OPECの産油量の世界シェアなどとたんに色褪せて見えてくる。

「大国同士の衝突」が
半導体供給の危機になりえる理由

 ナノメートル規模のチップを年間1兆個製造する世界規模の企業ネットワークは、効率性の勝利の見本といっていい。その一方で、恐るべき脆弱性もはらんでいる。パンデミックがもたらした混乱は、絶妙な位置で起きたたったひとつの地震が世界経済に及ぼしうる影響を、少しだけ垣間見させてくれる。

 実際、台湾は、1999年にマグニチュード7.3の地震を引き起こした断層線の真上に位置している。幸い、その地震では半導体生産が数日間ストップしただけですんだが、もっと強い地震が台湾を襲うのは時間の問題だ。

 壊滅的な地震は、世界の半導体の17%を生産する地震大国の日本や、今でこそ半導体の生産量は少ないが、サンアンドレアス断層の直上に位置する工場で半導体製造に不可欠な装置をつくっているシリコンバレーでも十分に起こりうるのだ。

 しかし、現代において、何よりも半導体供給を危機に追いやる激震といえば、地殻プレート同士の衝突ではなく、むしろ大国同士の衝突だ。優位性をめぐって争い合う米中政府は、コンピューティングの未来を手中に収めるべく腐心している。そして、その未来というのは、中国が離反する省とみなし、アメリカが武力で防衛すると約束したたったひとつの小島に、恐ろしいくらい依存しているのである。

 アメリカ、中国、台湾の半導体産業の相互関係は、めまいがするほど複雑だ。そのことを誰より体現しているのが、2020年まで米アップルと中国ファーウェイを2大顧客としていたTSMCの創設者だ。

 その人物、モリス・チャン(張忠謀)は、中国本土で生まれ、第二次世界大戦時代の香港で育った。彼はハーバード大学、マサチューセッツ工科大学(MIT)、スタンフォード大学で教育を受け、ダラスのテキサス・インスツルメンツで働きながら、アメリカの初期の半導体産業の構築に尽力した。米軍向けの電子機器を開発するための機密情報取扱許可(セキュリティ・クリアランス)をアメリカで取得し[2]、のちに台湾を世界の半導体製造の中心地へと押し上げた。

 米中両政府の外交政策の戦略家たちのなかには、両国の技術部門を完全に切り離すことを夢見る者もいるが、それは空論というものだ。チャンのような人たちが築き上げた半導体設計会社、化学薬品の供給業者、工作機械メーカーの超効率的な国際ネットワークは、そう簡単にほどけるわけがない

 もちろん、何かが暴発すれば話は別だ。中国政府は、台湾を大陸中国と“再統一”するための台湾侵攻の可能性を放棄することを、頑として拒んできた。しかし、実のところ、半導体を震源とした衝撃波を世界経済に轟かせるのに、水陸両用作戦ほど劇的な出来事が必要なわけではない。

 中国軍が部分的な封鎖を行なうだけでも、おそらく破滅的な混乱が生じるのには十分だろう。TSMCの最先端の半導体製造工場にミサイルが1発撃ち込まれただけで、携帯電話、データ・センター、自動車、通信ネットワーク、その他のテクノロジーの生産の遅延が累積し、あっという間に何千億ドルという損害が生じかねないのだ。


1 Varas et al., “Strengthening the Global Semiconductor Supply Chain in an Uncertain Era.”
2 モリス・チャンへの2022年のインタビューより。

(本記事は、『半導体戦争――世界最重要テクノロジーをめぐる国家間の攻防』から一部を転載しています)