変化が激しく先行き不透明の時代には、私たち一人ひとりの働き方にもバージョンアップが求められる。必要なのは、答えのない時代に素早く成果を出す仕事のやり方。それがアジャイル仕事術である。『超速で成果を出す アジャイル仕事術』(ダイヤモンド社)は、経営共創基盤グループ会長 冨山和彦氏、『地頭力を鍛える』著者 細谷 功氏の2人がW推薦する注目の書。著者は、経営共創基盤(IGPI)共同経営者(パートナー)で、IGPIシンガポール取締役CEOを務める坂田幸樹氏だ。業界という壁がこわれ、ルーチン業務が減り、プロジェクト単位の仕事が圧倒的に増えていく時代。これからは、組織に依存するのではなく、一人ひとりが自立(自律)した真のプロフェッショナルにならざるを得ない。同書から抜粋している本連載の書下ろし特別編をお届けする。

日本企業は本当に「終わった」のか?「個の力」を生かして世界で勝つための方法Photo: Adobe Stock

「日本企業」という企業は、
かつて存在したことがない

「日本経済はここ30年間成長していない」、「日本企業は衰退の一途をたどっている」という論調の記事を目にするようになってから久しく時間が経ちました。

「1989年には、世界時価総額ランキングのトップ30社は日本企業ばかりだったが、今は1社も含まれない」と言われれば、確かにそう感じるかもしれません。

 しかし、当時の東証一部上場企業のPER(株価収益率)は60倍を超えていました。一方、当時の米国の類似指標であるS&P500のPERは15倍程度でした。なお、現在の東証プライム市場(過去の東証一部に相当)のPERは14倍程度です。

 PERとは、株価を一株当たりの純利益で割って算出する数値なので、1989年は純利益に対して株価が過大評価されていたとも言えます。もちろん、株価にはさまざまな要因が影響を与えるので、その是非を問うつもりはありません。

 それよりも私が問題だと思うのは、かつて一度も存在したことのない「日本企業」という虚像を創り上げ、かつて素晴らしかった「日本企業」という存在が一様にダメな「日本企業」になった、という幻想に縛られることです。

 マイケル・ポーターに代表される数多くの学者が分析しているとおり、バルブ崩壊の前から日本企業の資本効率や収益性は、世界的にも高いものではありませんでした。ほんの数社の世界的な優良企業と、その他大勢の普通の企業の集合体だったのは、今も昔も変わりません。この構図は「米国企業」においても同じです。

「国際化」で創り上げた制度は
「グローバル化」では邪魔になる

 では、世界的な優良企業がほんの数社しか存在しなかった日本が、なぜ世界有数の経済大国になれたのでしょうか。

 前述のマイケル・ポーターは、当時世界一高かった物価と世界一低かった金利によって消費者から搾取した資金が企業に投資されていたからだ、と言っています。

 加えて、戦勝国によって製造業の基盤が作られ、安全保障に国力を割く必要がなかった戦後の時代背景も大きな要因の一つと言えるでしょう。

 こうして日本は、世界の最適地で安い原材料を輸入し、付加価値を加えて輸出する、いわゆる「国際化」の時代において圧倒的な地位を築きました。国際化の時代には中央集権的に本社で意思決定をして、世界中に駐在する日本人がそれを実行する組織運営が有効に作用しました。

 しかし時代は、モノだけを動かす時代から、ヒト・モノ・カネ・情報などすべての経営資源がボーダレスに世界中を動く時代へと変わりました。そのような時代では、グローバルにそれらの経営資源をコントロールする投資銀行や、グーグルやフェイスブックなどのIT企業などが覇権を握ります。グローバル化の時代には、国際化の時代に培った組織運営や意思決定方法などの制度がすべて機能しなくなります

「グローバル化」が終わり、
「リージョン化」へ

 さらに、現代はデジタル化によって、グローバル化も終焉を迎えようとしています。

 安全保障上の理由から食料やエネルギー自給率を高めるなどの活動が世の中に増えてきていることから、グローバル化が退化しているという見解もありますが、そのようなことはありません。

 デジタル技術が発達したことによって、個人が少人数でもできることが圧倒的に増えたことが本質です。そのことで、全世界を相手にするのではなく、より近くの市場で最適なサービスを提供することが大きな意味を持つようになりました。

 日本に住んでいると実感しづらいかもしれませんが、私が生活する東南アジアには、移動、食事、医療、金融などのサービスを統合したスーパーアプリが存在します。そして、それらスーパーアプリは東南アジアというリージョンで運営され、国やエリアごとにサービスが細かく変わるような仕様になっています。

 また、かつては考えられませんでしたが、東南アジアでは多くの現地企業が電気自動車を独自に製造し始めています。日本の自動車メーカーと連携して製造するのではなく、全くの異業種企業が電気自動車を各国の市場に合わせて製造することで、リージョン化に対応しています。

「アジャイル仕事術」を使いこなしていた
かつての日本企業

 かつて私が勤めていた米国企業は、トップダウン型の意思決定とそれをサポートするジョブ型人事制度が機能しなくなってきたと、20年近く前から危機感を持っていました。その会社では、ジョブ型ではないイノベーションを生むための新組織を社長直轄で作るという試みを始めていました。

 同時期に、同じ理由からシリコンバレーで注目されたソフトウエア開発手法に「アジャイル開発手法」や「スクラム」といったものがあります。そして、そのベースとなっているのは、日本企業の製品開発プロセスを基に野中郁次郎先生が1986年に発表した論文です。

 リージョン化が進み、個別ニーズに合わせて迅速にサービス開発をしていく上では、アジャイルな仕事の進め方が極めて重要なものとなります。「アジャイル仕事術」は、リージョン化に対応するために、アジャイル開発手法をベースに考案した新しい働き方で、「構想力」「俊敏力」「適応力」「連携力」「共創力」の5つで構成されます

 本連載は今回が最終回となりますが、皆さまがアジャイル仕事術を身につけ、これからの時代を生きていくための一助となれていれば幸いです。長い間読んでいただき、どうもありがとうございました。

アジャイル仕事術』では、働き方のバージョンアップをするための技術をたくさん紹介しています。

坂田幸樹(さかた・こうき)
株式会社経営共創基盤(IGPI)共同経営者(パートナー)、IGPIシンガポール取締役CEO
早稲田大学政治経済学部卒、IEビジネススクール経営学修士(MBA)
大学卒業後、キャップジェミニ・アーンスト&ヤングに入社。その後、日本コカ・コーラ、リヴァンプなどを経て、経営共創基盤(IGPI)に入社。現在はシンガポールを拠点として日本企業や現地企業、政府機関向けのプロジェクトに従事。細谷功氏との共著書に『構想力が劇的に高まる アーキテクト思考』(ダイヤモンド社)がある。『超速で成果を出す アジャイル仕事術』(ダイヤモンド社、2022年6月29日発売)が初の単著。