年をとってみないとわからない、長生きの意外なメリットとは?
飲酒は? 喫煙は? 肥満は? ストレスは?
本当に脳に悪いこと、いいことは何だろう?
脳の若返りと認知症治療の専門医・白澤卓二医師は『長寿脳──120歳まで健康に生きる方法』で、現代人の願いである健康長寿を脳から実現するノウハウを提案する。認知症にならずに体も長持ちさせるためには、40代からの脳のケアが大切だと著者はいう。本書では世界最新の医学で明らかになった認知症予防・改善策と、その研究からわかった脳のパフォーマンスを上げるために必要な生活習慣とは?
長生きするとしがらみから解放される
日本の社会では、目に見えない人間関係、見栄、欲などのしがらみが空気の中に漂っています。しがらみはストレスになっていきますが、60歳、70歳、80歳と年齢を重ねていくと、次第に社会のしがらみから解放されていきます。会社員の場合は60歳、65歳で定年退職すると、会社の人間関係のしがらみがなくなります。
さらに年齢が上がると、しがらみを構成していた周りの人たちが少しずつ亡くなっていきます。90歳にもなれば、生き残っているのはかなりの少数派となります。しがらみとうまく距離をとって生きてきた人は90歳まで生き延びて、90歳に到達するころにはしがらみがなくなっているということです。「周囲のしがらみたちが自分よりも先に死んで、しがらみから解放される」というのは、長生きした人だけが到達できる人生の新境地と言えるかもしれません。
長生きすると、自分一人のしがらみのない世界になる
プロスキーヤーの三浦敬三さんのご子息で同じくプロスキーヤーの三浦雄一郎さんは、70歳のときに世界最高齢でエベレスト登頂を果たしました。その10年後、80歳で再びエベレスト登頂に成功し、登頂最高齢記録を塗り替えるという偉業を成し遂げた人です。
彼は20代のときに、スキー連盟とのしがらみでオリンピック出場のチャンスを逃しています。競技人生の中でおそらく1度か2度しかない機会がなくなってしまった。それが自分の非力のせいではなくて、しがらみが原因だったらそれはもう忸怩たる思いだったはずです。さらに、30代でエベレスト登山を目指すものの、今度は登山許可が下りなかった。同時期にエベレスト登山に挑戦した植村直己さんには登山許可が下りたのにです。
そんな雄一郎さんが「60歳70歳になると、若いころにライバルだった(しがらみの元凶だった)人たちは弱ってくるけど、自分は元気だからコテンパンにやっつけた」とおっしゃっていました。私は「非常に興味深い考え方だな、エイジングに勝つというのはこういうことなのだな」と改めて思いました。
同年代のライバルたちがいなくなると、そこからは己との勝負になるわけです。自分一人だけのしがらみのない世界。相手をたたきのめして打ち負かすのではなく、相手が闘いのリングから降りることでリングに残った自分が勝者になる。年をとればとるほど生きるのがラクになるというのは、まさにこういうことなのです。
本原稿は、白澤卓二著『長寿脳──120歳まで健康に生きる方法』からの抜粋です。この本では、科学的に脳を若返らせ、寿命を延ばすことを目指す方法を紹介しています。(次回へ続く)
白澤卓二(しらさわ・たくじ)
医学博士
1958年神奈川県生まれ。1982年千葉大学医学部卒業後、呼吸器内科に入局。1990年同大学院医学研究科博士課程修了。東京都老人総合研究所病理部門研究員、同神経生理部門室長、分子老化研究グループリーダー、老化ゲノムバイオマーカー研究チームリーダーを経て、2007年より2015年まで順天堂大学大学院医学研究科加齢制御医学講座教授。
2017年よりお茶の水健康長寿クリニック院長、2020年より千葉大学予防医学講座客員教授就任。国際予防医学協会理事長、日本アンチエイジングフード協会理事長、アンチエイジングサイエンスCEOも務める。
専門は寿命制御遺伝子の分子遺伝学、アルツハイマー病の分子生物学、アスリートの遺伝子研究。
【著者からのメッセージ】
科学的に脳を若返らせ、寿命を延ばす人生戦略
2022年9月発表の厚生労働省の統計によると、100歳以上の人口が初めて9万人を超えました。最高齢は115歳です。
私が2010年に文春新書『100歳までボケない101の方法 脳とこころのアンチエイジング』(文藝春秋)という本を上梓したときは、100歳以上の人口は4万4449人でした。この12年で、2倍以上に増えたことになります。
12年前には100歳を超えられるのはごく限られた一部の人だと思われていましたので、『100歳までボケない~』という本のタイトルは世の中に一石を投じたと自負しています。
その後、「人生100年時代」というフレーズが当たり前のように使われるようになりました。100歳を超えて活躍している人たちに注目が集まって、人生100年時代が現実味を帯びてきました。
そして今では、「人生120年」という話もまことしやかに囁かれています。100歳まで生きられるようになったのなら、次は120歳だ! というわけです。
120年の根拠になっているのが、「人の細胞にあるテロメアという部分の寿命が120年だから、うまくすれば120年生きるのは可能だ」という説です。私はこの説には少し違和感を持っていますが、脳の寿命から考えると120年は可能だと思います。
とはいえ、体を120年も元気なまま維持するのは、かなり難しいだろうと思っていました。そんなときに、
「120歳まで健康に生きるにはどうしたらいいですか?」
と問われたのです。
100年生きるのが当たり前の時代になったら、脳と体が健康なまま、もっと長く生きたいと思うのは自然なことかもしれません。
私は東京都老人総合研究所の研究員として、順天堂大学大学院の加齢制御医学講座の教授として、30年以上超高齢者の研究を重ねてきました。100歳を超えた2000人以上の健康に関するデータを取り、聞き取り調査も重ねてきました。
現在は臨床医となって、これまでに知り得た膨大なエビデンスから現実的な方法をすくいとって、患者さんの診療にあたっています。
私が2017年に開院したお茶の水健康長寿クリニックでは、これまでの研究成果を最大限に活用して、アルツハイマー病、認知症、自閉症、統合失調症やアスペルガー症候群などに対して、解毒療法や神経再生治療を組み合わせたプログラムを提供し、脳の治療を行っています。
そこで私は考えました。これまでの膨大な研究成果と、目の前にいる患者さんにアドバイスしていることを組み合わせて、120歳という壁に全力で立ち向かえば、脳も体も健康なまま120歳まで生きられる可能性があるのではないかと。
この本では、その可能性を現実にするための手立てをさまざまな側面から解説し、自信を持って言えることだけを、書き尽くしています。
今のところ120歳を超えた人の記録はありません。
フランス人のジャンヌ・ルイーズ・カルマンさんという女性がギネス世界記録として「122年164日生きた」とされていますが、戸籍の問題から、現在ではこの記録に懐疑的な研究者が多く、真相はわかっていません。2022年4月に亡くなられて世界歴代2位に認定された日本人の田中カ子さんは119歳でした。出生証明が確認できている世界最高齢はいまだ120歳に到達していないのです。それでも、「120歳まで健康に生きる」という強い意志を持ち、現代科学と人の叡智を駆使して、脳と体のどちらもが健やかな状態でいられるように行動すれば、これから数年後には、120歳まで生きる人が次々に出てくるかもしれません。
人生100年どころか、120年と言われはじめた今、120歳まで自分らしく生きられるかどうかは、これからの数十年の日々の暮らしにかかっています。
今40代、50代の人はこれからが勝負です。70代、80代でもあきらめることはありません。まだ先は長いです。
せっかく長生きできる時代に生まれたのですから、健やかな脳と体を保って、最後まで自分らしく生きようではありませんか