インドの人々が、人生の最期を迎えたとき、「熟れた果実が木から落ちるように」自然に、この肉体を去ることができるように祈るのは、そのためです。熟した果実がいつまでも木にしがみついていたら、それはみにくく腐るだけです。けれども、地面に落ちれば、その種は次の世代へとつながります。そして、新しい生命を育みます。つまり、手放すことが前へ進むために必要なステップだということです。

 たとえば旅をするとき、背負っている荷物が重すぎたら、目的地まで辿り着くことはできません。旅に慣れた人は、荷物が少なくて軽いほど、よい旅ができることを知っています。途中で荷物が増えてしまったら、文字どおり重荷をおろし、いらないものを選別して捨てるでしょう。もし目的地がエベレストの頂上なら、必要なものとそうでないものを見分けられるかどうかが、生死を分ける可能性もあります。目標が大きければ大きいほど、その目標を達成する上で障害になるものを意図的に、積極的に手放すことが重要になるのです。

あらゆる苦痛は、抵抗から始まる

 また、手放すことは、目標達成のみならず、健やかに生きるための必須条件とも言えるでしょう。

 私たちは普段、無意識に呼吸をしていますが、息を吸うには、まず吐かなければなりません。酸素が必要だからと言って空気を吸い続けるだけでも、二酸化炭素を吐き続けるだけでも、生命を維持することはできません。ものごとを自然にまかせるということは、私たちが無理な努力をすることなく、適切な早さと深さで呼吸できるようなものです。

 私たちが自然の法則にさからって手放すべきものにしがみついていると、そこにはゆがみや不具合も生じます。あらゆる苦痛は、抵抗から始まるのです。

 私たちの心と身体が、無理をするとバランスを崩し、病気になってしまうことはよく知られています。それは、ゴムを強い力で引っぱり続けているとやがて切れてしまうか、伸びきって手を放しても元に戻らなくなってしまうのと同じことです。私たちに必要なのは、一生懸命がんばり続ける強さだけでなく、疲れたら力を抜く意思と判断力です。力を適度に緩める術を知っていれば、いつまでも力尽きることなく、ほんとうに必要なときに必要なだけ力を使うことができるからです。