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映画を1.5倍で見るタイパが流行るのは、「人間関係にコストがかかるから」イラスト:JulsIst / PIXTA(ピクスタ)

タイパの本質は人間関係のコスト

 若者のあいだでは、映画を1.5倍速で観たり、会話のないシーンを飛ばしたりすることが広く行なわれている。なぜそんなことをするのか訊かれたとき、彼らの答えは「タイパがいいから」だという。タイパ=TP(タイムパフォーマンス)は、同じ時間でできるだけ大きなリターンを得ようとすることをいう。いわばコスパの時間版だ。

 書籍『映画を早送りで見る人たち』(光文社新書)を著したライターの稲田豊史さんによると、タイパが重視されるようになった背景には「コンテンツが多すぎる」という事態がある。かつてはテレビ、ラジオ、映画、マンガくらいしかなかったのが、いまではインターネット上に膨大な動画や音楽(あるいはブログ、小説、マンガなど)がアップされ、しかもその多くがタダかほぼ無料だ。

 若者たちのSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)には、友人から「この映画が面白いよ」というメッセージがリンク付きで毎日のように送られてくる。それを知らないと話に入っていけないので、ファスト映画であらすじを確認し、ネタバレサイトで重要なシーンをチェックし、そのうえで1.5倍速で映画を再生するのだという。

 従来の市場経済では、企業は「消費者のお金」という有限な資源をめぐって競争した。ひとびとはお金がなかったかもしれないが、休日にウィンドウショッピングを楽しんだり、カタログを見比べて商品を選択する時間はあった。

 しかしいまでは、「ユーザーの時間」というより稀少な資源をめぐる熾烈な競争が行なわれている。貨幣経済から「関心経済(アテンション・エコノミー)」に移行しつつあるのだ。

 SNSやソーシャル・ゲーム(ソシャゲ)では、ユーザーが費やす時間と企業の利益が直結している。その結果、個人(ユーチューバーなど)を含むすべての企業=市場のプレイヤーがユーザーの関心(アテンション)を獲得しようとして、ひたすらコンテンツをつくりつづけている。

 市場にコンテンツが氾濫すると、それを処理するため、ユーザーはますますタイパを意識する。その結果、同じ時間でより多くのコンテンツを消費できるようになるので、企業はさらにコンテンツを投入する。この「軍拡競争」によって、コンテンツの量は人間の認知の限界を大幅に超えてしまった。