人生100年時代は、健康こそ最大の資産です。
しかし40歳を越えると、がん、糖尿病、腎臓病といった病気を避けては通れません。国立がん研究センターによれば、40~49歳のがん患者数は、30~39歳と比べると3倍以上です(2018年)。もちろん50代、60代と年齢を重ねるにつれ、がん患者数はどんどん増えていきます。
本連載は、毎日の食事から、大病を患ったあとのリハビリまで、病気の「予防」「早期発見」「再発予防」を学ぶものです。著者は、産業医×内科医の森勇磨氏。「予防医学ch/医師監修」の管理人でもあり、動画は「わかりやすい説明で参考になる」「怖いけど面白い」と評判で、チャンネル登録者は27万人を超えています。初の単著『40歳からの予防医学 医者が教える「病気にならない知識と習慣74」』を出版し、感染症医・神戸大学教授の岩田健太郎氏が「安心して読める健康の教科書」と推薦文を寄せています。

【男性注意】前立腺がんが急増している「意外すぎる理由」Photo: Adobe Stock

前立腺がんの意外な話

 前立腺がんは日本で急増しており、男性のがんの罹患者数1位です。今後も増えていくことが予想されています。前立腺がんの主な症状は次のとおりです。

・前立腺がんが膀胱(ぼうこう)や尿道を刺激してしまい「頻尿」になる
・おしっこの通り道である「尿道」をふさいでしまい、おしっこが出なくなる
・背骨の「腰椎(ようつい)」という場所に転移しやすく、転移が起こると強烈な腰の痛みを感じる

 高齢の男性にとても多い病気である「前立腺肥大」と「前立腺がん」は症状だけでは区別できません。症状があっても「年のせい?」と様子を見てしまう人も多いです。

 前立腺がんが急増している原因としては、食生活の欧米化もありますが、最も関連があるのが「PSA検査の普及」です。

PSA検査とは?

 PSAとは前立腺で分泌されるタンパク質のことです。前立腺にがんができると、このPSAの数値が上昇するため、早期発見のスクリーニングとして測定されます。

 このPSA検査が1990年代に急速に普及し、前立腺がんの診断数が急激に増加しました。つまり前立腺がんに「なる」数が増えたというより、「発見される」数が増えたというわけです。

 一見よいことのように思えますが、そう単純ではありません。まず大前提として、アメリカ予防医学専門委員会は「PSA検査はメリット・デメリットを知ったうえで、個人の選択に委ねる」というはっきりしない姿勢をとっています(※1)

 日本の厚生労働省は「推奨しない」という指針を出しています(※2)。しかし一方で、日本泌尿器科学会は「PSA検査は絶対に行ったほうがいい」と主張しており、意見が真っ二つに分かれてしまっているのです。PSA検査についてのエビデンスは、まだ決着がついていません。

 41万人の男性を対象に行われたイギリスの研究(※3)や「PLCO試験」(※4)という研究ではPSA検査の有効性は証明できませんでした。

 一方、「ERSPC試験」(※5)という18万人を対象としたヨーロッパの研究データでは、死亡率を下げたという結果も出ています。PSAの問題は日本だけでなく世界的に大激論が行われています。

 しかし、なぜ発見数が増えているにもかかわらず、死亡率が下がらないデータが存在するのでしょうか?

がんを見つけないほうがよかった?

 1つには、前立腺がんの「進行の遅さ」が関係しているといわれています。前立腺がんは早期の段階だと、手術などの治療をせず、PSAの数値を観察し続け、定期的に組織を採取するという選択肢があります(PSA監視療法)。

 進行が遅いので「監視する」という選択肢もある珍しいがんです。進行が遅いがゆえに、死ぬまで悪さをせずだらだら体で過ごすパターンもあります。

 こうした「死因とは関係ないが解剖してみたらたまたま見つかったがん」のことを「ラテントがん」と呼びます。遺体の解剖をしたら80歳以上の遺体のなんと約60%にラテントがんが存在したという報告もあります(※6)。

 となると「知らなくてもよかったがんの存在を知ってしまう」ケースもあるため、「PSA検査」を行うことで幸福度を下げてしまうおそれもあります。

 しかしこの話は「結果論」でしか語れないのが難しいところで、前立腺がんが転移して命を落とす場合もあります。楽観視できるわけでもありません。

PSA値はがん以外でも上がる

 またPSA値はがんだけでなく、「前立腺肥大」や「炎症」でも上がることがあります。精密検査をしても前立腺がんではなかった、という「空振り=偽陽性」のケースが比較的多いことも問題視されています。

 現段階では明確に「PSA検査が有益だ」という決着がついていません。ただし、比較的最近導入された検査なので、今後長期的な研究で効果が証明される可能性はあります。

 またアメリカ予防医学専門委員会からは「PSA検査が少なくなってから、がんが転移してから見つかるケースが増えた」というネガティブな報告もあります。こういった事情からも日本泌尿器科学会は「PSA検査」を推奨しているのです。