世界に多大な影響を与え、長年に渡って今なお読み継がれている古典的名著。そこには、現代の悩みや疑問にも通ずる、普遍的な答えが記されている。しかし、そのなかには非常に難解で、読破する前に挫折してしまうようなものも多い。そんな読者におすすめなのが『読破できない難解な本がわかる本』。難解な名著のエッセンスをわかりやすく解説されていると好評のロングセラーだ。本記事では、ホッブズの『リヴァイアサン』を解説する。
人間は、自分の命を守るためならたとえ相手を殺したっていい権利をもっているという。ところがこれを使ってしまうと、逆に自分の命が危うくなるから自己矛盾が起こる。こうした状況をどうやって打開し、平和な世界を作り上げていくか。それを必死に考えた末に生まれたのが本書である──。
国家とは巨大な人工的人間である
書名のリヴァイアサンとは、旧約聖書ヨブ記41章に記されている海の怪獣の名前です。
聖書には「地上には、彼と並ぶ力はなく、彼は何者をも恐れぬように作られた。彼は、すべての高ぶる者どもを軽蔑し、あらゆる高慢の子たちの野獣の王である」(33~34節)とあります。
ホッブズは国家という巨大な創造物を、この架空の怪獣で表現したのでした。
本書の前半部分では、機械論的世界観を根底において、人間についての様々な説明がなされます。
さらに、ホッブズは、国家を「人工的人間」であると主張しました。たとえば、国家の主権は生命と運動を与える魂に対応します。
為政者たちやその他の司法、行政に携わる役人たちは、体の関節。賞罰は神経であり、個々人の富と財産は力です。
顧問官は記憶で、公平と法は人間の理性と意志であり、和合は健康、騒擾(そうじょう)は病気、内乱は死です。
この人工的人間の本性を説明するために、第一にその素材でありまた創造者でもある人間とはいかなる存在なのか、第二にいかにして、またどのような契約によって国家が作られるかが本書では考察されます。さらに、主権者の諸権利および正当な権力もしくは権威とは何か、それを維持し解体するものは何かが説かれます。
第三に、キリスト教的国家とは何か、第四に暗黒の王国とは何かなど、様々な政治理論が展開されています。
万人の万人に対する戦い
ホッブズによるとあらゆるものは物体とその運動という見地から考察されます。ですから人間も同じく物体としてとらえられるのです。
人間は自動機械のようなものだと説かれ、人間の知覚、感情、行動も機械的に説明されます。ホッブズによると、外物の運動が感覚器官に圧力を加え、生理的に脳に伝えられ、記憶の成立により、判断や推理の作用も生じます。
また、生活力を増大する傾向にあるときには快の感情が生じ、逆の場合には不快の感情が生じます。このように人間は、心身の諸能力について生まれつき平等です。
さらに、人間の本性を分析していくと、そこから「自己保存」の原理が導き出されます。人間の「自己保存」とは、生命の尊重が最優先されるということです。
この能力の平等から、人間が目標達成をしようという希望をもつと、相互不信が生じ、相互不信からさらに戦争が生じていきます。
すると「人間は人間に対して狼」であるため、万人の万人に対する戦いの状態が出現します。これがホッブズの説く「自然状態」であると考えられます。
この状態においては、何事も不正ではないし、正邪の観念は存在する余地もありません。また、人々は孤立していますから社会を形成していません。
「自然状態」においては、自然権が認められます。自然権とは、自己保存のために暴力を用いるなどの権利です。
しかし、これだと、自然権を用いるあまり自己保存のために闘争が生じてしまうわけですから、人々は死の恐怖を感じます。
好きで自然権を行使しているわけではないからです。自分の命を守ろうとするとかえって死の恐怖に脅かされるようでは、自然権の矛盾です。
そこで、理性によって、それぞれの自然権をおさえていこうという「自然法」が導き出されます。各自の自然権を一つの共通権力に譲り渡し、それを制限する協約を結ぶわけです。
ここに国家といわれる「リヴァイアサン」が創造されると説かれました。ホッブズは絶対主権を擁護しているとされますが、彼は近代的で民主主義的な国家理論家だったという考え方もあります。
富増章成(とます・あきなり)
河合塾やその他大手予備校で「日本史」「倫理」「現代社会」などを担当。
中央大学文学部哲学科卒業後、上智大学神学部に学ぶ。
歴史をはじめ、哲学や宗教などのわかりにくい部分を読者の実感に寄り添った、身近な視点で解きほぐすことで定評がある。
フジテレビ系列にて深夜放送された伝説的知的エンターテイメント番組『お厚いのが、お好き?』監修。
著書『21世紀を生きる現代人のための哲学入門2.0 現代人の抱えるモヤモヤ、もしも哲学者にディベートでぶつけたらどうなる?』(Gakken)、『日本史《伝説》になった100人』(王様文庫(三笠書房))、『図解でわかる! ニーチェの考え方』、『図解 世界一わかりやすい キリスト教』『誰でも簡単に幸せを感じる方法は アランの『幸福論』に書いてあった』(以上、KADOKAWA)、『超訳 哲学者図鑑』(かんき出版)、『オッサンになる人ならない人』(PHP研究所)、『哲学の小径―世界は謎に満ちている!』(講談社)、『空想哲学読本』(宝島社文庫)など多数。
【著者からのメッセージ】
私たちはなぜ本を読むのでしょうか。それは「本は人類が積み上げてきた叡智のアーカイヴだから」です。本は、人に知識や喜怒哀楽すべての豊かな経験を与えてくれる存在です。ときに読んだ人の人生を変えてしまう本だってあるでしょう。
この本で紹介しているのは、本のなかでも特に多くの人に読み継がれていたり、あるいは数千年という時を経ても今なお読まれている本、つまり「名著」です。
「名著」にはそう呼ばれるだけの理由があります。たとえば多くの人が今悩んでいることのほとんどは、この長い歴史上で誰かがすでに徹底的に考えていることです。紀元前という昔に遡っても、人間はやはり人間なのです。だから、もしあなたに悩みや、疑問に感じていることがあるなら、それらの答えのヒントはほぼ「名著」のなかにあるのです。
「目標がないし、やる気も出ない」「思考が乱れて集中できない」「健康なのに、なぜか疲れを感じる」「勉強したいが、どこから何をしたらいいのかわからない」「働いても働いても、楽にならないのはなんでだろう」「歳をとってきて、だんだん楽しみが減ってきた」
そんな悩みは、この本で紹介する「名著」のエッセンスを手に入れればたちまち解決するはずです。自分で思い悩むよりずっと気分が晴れること、請け合いです。
ところで、「名著」の多くは、とても難解で、それでいて分厚いものが多いです。しかし、名著が難解なのには、実は理由があります。分厚い古典的「名著」は、その時代背景と常識を前提として書かれているので、多くの場合、現代の私たちにとっては説明不足なのです。また、その学問世界の専門用語を「知ってるんでしょ?」という前提のもとに書かれていますから、こっちはわかるわけがない。
「名著」は、下手をすると一冊をしっかりと理解するのに20年以上かかります(それでも、さらに疑問は増えていきます)。普通に生きて普通に暮らしている私たちには、そんな時間はありません。つまり、「名著」とは基本的に「読破することができない本」なのです。
人生は短い。だからこそ「名著」をまず、おおざっぱに理解して、興味が出たら原典にあたればよいのです。この本では、古今東西の「名著」のうち哲学から心理学、経済学まで選りすぐった60冊のエッセンスをイラストとともにわかりやすく解説していきます。
※収録した60冊は、『ソクラテスの弁明』(プラトン)、『方法序説』(デカルト)、『実践理性批判』(カント)、『現象学の理念』(フッサール)、『歴史哲学講義』(フッサール)、『ツァラトゥストラはこう言った』(ニーチェ)、『存在と時間』(ハイデガー)、『存在と無』(サルトル)、『自由からの逃走』(フロム)、『社会契約論』(ルソー)、『資本論』(マルクス)、『論理哲学論考』(ウィトゲンシュタイン)、『グーテンベルクの銀河系』(マクルーハン)、『ポストモダンの条件』(リオタール)、『複製技術時代の芸術』(ベンヤミン)、『アンチ・オイディプス』(ドゥルーズ&ガタリ)、『21世紀の資本』(ピケティ)など。
もちろん原典と比べてその情報量は雲泥の差です(本書の場合、500ページ以上ある本も見開き4ページにまとめているのだから)。でも、なんにも読まないよりずっといいでしょう? そう思いませんか。分厚い本を一冊買って、読まないで部屋に飾っておくより、本書を電車の中で読んだほうがよいのではないでしょうか。
必ずしも時代順になっていないので、どこから読んでもOKです。パラッとめくって、全体を眺め、どんなふうに自分の役に立ちそうかを考えます。それぞれの本は、関連を他のページとリンクしてあります。つながりの意味については、本書の冒頭に収録した「ひと目でわかる名著の関連図」を参照してください。
ぜひ本書を活用して、自由な思考法を手に入れて、人生の難問解決をはかり、明日に向かって進んでください。きっと、すばらしい未来が広がっていくことでしょう。