人手不足の解消だけではない
受け入れ事業者側のメリット

 おてつたびがもたらした「マッチング」は新たな価値も生み出している。神田精果園の6代目、現在36歳の神田将一さんは「農業は複雑で科学的なものであり、ビジネスの観点が不可欠」と話す。生産者(農家)は農産物を卸売市場に出荷するため、価格を決める権利はなく、商品名もつくことがない。生き残るためには自らブランド、価値を高めていくしかない。

 神田精果園は業務が回らないほど人手不足というわけではなかったが、竹原市からおてつたびを受け入れないかと声をかけられたとき、チャンスを逃したくないと考え、いち早く手を上げたという。

 そんな神田精果園に目を付けたのがJRだ。豪華クルーズトレイン「TWILIGHT EXPRESS 瑞風」では肉から魚、野菜、乳製品など沿線の食材を使った料理を提供しているが、「地域に(他にも)いいものがあるのにアプローチできていなかった」と担当者は話す。

 そうして法人化されていない個人ブドウ園ながら、瑞風スタッフによる生産地現地視察にエントリーされることになった。忌憚(きたん)のない評価を聞きたいと応じた神田さんだったが、なんと瑞風での食材に採用されることが決まったのである。これは神田精果園のみならず、竹原市のブドウ産業の勝利であった。これを機に商談がすぐまとまるようになり、来客数も売り上げも伸び続けていると神田さんは語る。

 おてつたびで生まれたつながりが、さらにその先、次の人へと広がっていく。最初は様子見していた他の農家から「ウチもやってみたい」との声も上がっているという。神田精果園の成功を見て、瀬戸内のレモンやミカン、モモなどの農園も刺激を受けたことだろう。

 JRにしても地元にしても、何人受け入れたという目先の数字を追っているのではなく、これまで接点のなかったさまざまな人、組織を結び付けることで生じる化学変化が、地域の活性化をもたらすことに期待している。

 せとうちファンプロジェクトはまだ始まったばかりであり、まだまだ小規模だ。これだけで問題が解決するという万能薬でもない。それでも鉄道事業者の積極的な働きかけと、それに応える自治体の熱意があれば、地域が動くという貴重な事例となるだろう。

 担当者は今後、他の地域にどのように広げていくか展望はまだ描けていないというが、地方再生と活性化の一助となることを期待したい。