トレンドの移り変わりがあまりにも激しいいま、時代に左右されない「モノが売れる原理」が必要とされている。そんなマーケティングの「そもそも論」を徹底的に掘り下げたのが、博報堂やボストン コンサルティング グループで活躍してきた津田久資氏による最新刊『新マーケティング原論』だ。
「マーケティングを科学する第一歩」(冨山和彦氏)、「これこそ『クリティカルに考える』ということ」(デービッド・アトキンソン氏)など各氏の称賛を集める同書では、4Pや3C、ブルーオーシャン戦略や破壊的イノベーション戦略など、おなじみのツールや理論が「そもそもなぜ有効なのか?」という部分も含めて、きわめてわかりやすく解説されている。まさに「考えるマーケター」のための教科書だ。
本稿では、同書より一部を抜粋・編集し、「マーケティングの法則に対するよくある誤解」をご紹介する。
マーケティング本の読者は
「わかりやすい公式」を求めているのでは?
本書『新マーケティング原論』は、マーケティングの世界であたりまえとされていることについて、「そもそもなぜそうだと言えるのか?」を問い直していきます。
率直なところを言えば、「『このとおりにやればマーケティングはバッチリ!』と言えるような公式や法則を教えてほしいな……」というのが、ふつうの読者の本音ではないかと思います。数学や物理学の世界では、そうした公式や法則が成り立ちます。こういうものがマーケティングの領域にもあれば便利ですよね。
……ですが、そういうものがほんとうにあると思いますか? たとえば、ピタゴラスの定理を思い浮かべてください。A2+B2=C2という例のあれですね。直角三角形においては、2つの辺の長さがわかれば、残りの辺の長さが必ずわかるようになっています。
また、ビリヤードの球やミサイルの軌道なども、どのような角度でどれくらいの力を加えれば、狙った方向に飛ばせるかを、一定の計算に基づいてシミュレーションすることができます。もちろん現実の世界では一定の誤差が生じますが、おおむね法則どおりの結果を引き起こすことが可能です。
一方、マーケティングはどうでしょうか? 3Cや4Pのようなツールにあてはめるだけで、モノを売るための「正解」がどんどん量産できるなどということが、ほんとうにあり得るでしょうか?
こう質問してみると、けっこうな割合の人が「いやー、それはさすがに無理じゃないですかね」と(空気を読みながら)答えます。とはいえ、内心では「ひょっとしたら……」と淡い期待を抱いている人が多いのではないかと思います。
口では「あてはめるだけなんてとんでもない! 私はふだんからちゃんと考えていますよ」と言っている人も、いざ研修の場などでケーススタディをやってもらうと、結局「4Pをあてはめて終わり」というようなパターンがよく見受けられます。
なぜ「素性のわからないもの」にお金を突っ込むのか?
実際、世の中にあるマーケティング解説本の多くは、いきなり4Pなどのツールを持ち出して、「これに沿って考えれば、売れる戦略がつくれますよ」と語っています。わざわざ「なぜそうだと言えるのか?」にまで突っ込むような(面倒な)ことはしていません。
しかし、よくよく考えてみると、これはすごく異常な状況です。
数学の定理であれば証明ができますし、自然科学の法則も検証ができます。しかし、マーケティングのツールが「正しい」と言える理由は、どこにあるのでしょうか?
4Pはなぜ4Pなのでしょう? 3Cはなぜ3Cなのでしょう?「10P」や「100C」でないのは、なぜなのでしょう?
これに答えられる人は、ほとんどいないのに、世の中にはこの種のマーケティング理論をありがたがるような風潮があります。マーケティングの「公式」や「マニュアル」を解説するコンテンツがどんどん再生産され、マーケターたちもこうしたツールに沿ってものを考え(た気になり)、戦略(らしきもの)をつくり、そこに(ムダな)資本を投じています。
ほんとうにそれでいいのでしょうか? マーケティングというのは、少なくとも企業の営利活動の根幹であるはずです。そんな大事な部分の意思決定に、素性のよくわからないツールを使ってしまってほんとうに大丈夫なのでしょうか?
マーケターとは「考える職業」である
──この本を読んでほしい人
筆者は、そんな状況が放置されているのをずっと不思議に思っていました。この違和感を分かち合える方に、ぜひ本書を読んでいただきたいと思っています。
この本は「考えるマーケター」でありたいと願うすべての人に贈る一冊です。読むうえで特別な前提知識は要りません。むしろ必要なのは、つねに考え続けようとする知的態度です。
マーケターとは「考える職業」です。思考を止めた瞬間、そのマーケターは終わります。実際、優秀なマーケターはつねに考えています。徹底的に考え抜いています。少なくとも、公式にあてはめて、ポンポンと正解を導き出すようなことはしていません。
逆に、マーケティングにお手軽な法則らしきものが存在するかのように語っている人がいるなら、その人は嘘をついているか、自分がなにを語っているのかをよくわかっていないと思ったほうがいいでしょう。そして、そんな「法則もどき」を学んだところで、当然ですが、売れる戦略を生み出せるようになったりはしないのです。