「頭の中で暗記した情報を書き出して使用」も
バレたら逮捕の対象!
営業情報の線引きには、二つあります。法律上の線引きと、外部からの評価に関わる線引きです。前者は逮捕されないための線引きで、後者は元いた会社や取引先、新しい同僚から後ろ指をさされないための線引きと考えてください。それぞれ説明したいと思います。
まずは法律上の線引きから。そもそも不正競争防止法違反で逮捕されるとはどのような要件の場合なのかというと、逮捕され有罪となるのは以下の3つの要件が満たされた場合です。(1)秘密として管理されている情報で、(2)その情報は公然とは知られていないもので、かつ(3)事業などに有用な情報を持ち出した場合――です。
具体例を挙げると研究開発データや、発表前の新商品についての情報、営業の顧客データなどはこの3要件を満たす可能性が高い営業情報です。
ですから、先ほど例に挙げた「パソコンの画面に映し出された顧客リストをスマホで撮影しておいて、新しい職場で自分の武器として使う」のは、この3要件に抵触します。会社にバレにくいだけでこれは違法行為ですし、ひょっとするとちゃんとした大企業の場合だと、撮影した瞬間が社内の防犯カメラにしっかりと記録されているかもしれません。
私の個人的な記憶をお話ししましょう。退職が決まった日に社長に呼び出されました。そこで、「わかっていると思うが、資料はいっさい持ち出すな。お前のためだぞ」と念を押された記憶が鮮明に残っています。
オフィスの中の1坪ほどの私のワークスペースは、経営戦略コンサルタントとしての情報の宝庫でした。コンサルタントの機密情報には2種類あります。ひとつはクライアントからプロジェクトのために入手した機密情報で、これはコンサルティング終了後に廃棄されます。一方でもう一種類、コンサルタントとして独自に入手したり分析したりした情報はキャビネットの中に蓄積されます。
たとえば、ある業界について独自にリサーチをして、業界幹部や官僚にインタビューして得た知見などはコンサルのノートにつぎつぎと蓄積されていきます。膨大な情報量なのでそれら情報の多くはキャビネットに入らなくなるたびに廃棄されていきます。
逆に言えば10年以上コンサルティングファームに勤務したコンサルタントのキャビネットの中は、公には知られていない密度の高い情報の宝庫になっているのです。
それで私は退職する際に、それらの資料をすべてまったく手をつけずに会社に残してきました。当時、会社の中で私はある意味悪目立ちしていたので、私も余計なうわさとかをたてられたくなかったこともあります。
まったく手をつけなかったのには、実はもう一つ理由があります。それらの情報は私の頭の中に入っているのです。この情報の活用法については後で述べるとして、ここで不正競争防止法の規程をもう一度確認しましょう。
実は、営業秘密として管理されている情報はたとえ頭の中に入れたものでも、転職先で開示すると法律に抵触します。
転職先で、「ずっと頑張って暗記していた元勤務先の仕入れ原価をこれからホワイトボードに書き出しますね」とやってしまったら、それがバレたら逮捕される可能性があります。
「今年秋に発売される新車のスペック、覚えている限り書き出しますね」もダメです。たとえ頭の中の情報であっても機密情報は機密情報です。
ここで一部の読者の方は、その線引きについて不安になるかもしれません。
たとえば同業他社に転職して、偶然元の取引先の営業を担当することになったとします。取引先からもにこやかに、「営業としてあなたのことは信頼していますよ。新しい会社でもよろしくお願いしますね」と言われ、新しい上司から、「おい、そういうことなのか。前の会社でどんな風に営業していたのか事細かに教えてくれよ」と言われたらどうしたらいいのでしょうか?