カリスマ創業者が「ビジョンづくり」を避けたワケ

佐宗 どうやらお話を伺っていると、現在の「世の中の体温をあげる」という理念は、最初からはっきりと決まっていたわけではなかったんですね。スープストックトーキョーは、もともと三菱商事にいた遠山正道さんが立ち上げた社内ベンチャーとしてスタートしていますよね。遠山さんといえば、まさにビジョナリーな人という印象なので、御社の理念があとからつくられたというのは、けっこう意外です。

松尾 僕は2004、5年くらいに他の若手経営幹部とともに、スープストックの経営を任されるようになったのですが、当時から遠山は「働く人たちが遊び、変化し、個性を高めたうえで仕事をするような会社をつくりたい」という思いを語っていました。だからこそ、会社としてのビジョンを一度描いてしまうと、みんながそこに向かうHOW(方法)だけを考えるようになり、自分の個性を発揮することがなくなってしまうのではないかと懸念していたようです。

佐宗 なるほど。僕自身も「メンバーの自律性を確保したい」という思いから、自社の理念をはっきり定めるのを躊躇していた時期が長かったので、遠山さんのお考えにはすごく共感できます。

松尾 遠山は実際、われわれの世代が自分で考えられるようにしてくれたし、逆に自分に頼ってくるような人たちを遠ざけるようにしていました。創業者として「本当に嫌だな」と感じたときにだけ口を出すようにしていたと思います。だから、しばらくのあいだは会社としての理念を明確にしなくても、会社としてはなんとかなっていたのです。

 他方で僕は、経営幹部になった当時から「理念やビジョンのある会社にしたい」という思いを持っていました。当時は『ビジョナリー・カンパニー』がベストセラーになっていたことも影響していますが、何よりもそういう軸をはっきりさせれば、いちいちみんなが遠山に指示を仰がなくてもよくなると思ったんですよね。

 それにスープストックは長らく、遠山正道というカリスマ創業者がつくった会社として認知されていましたから、当初は「カリスマと仕事をしたい」という思いを持った人たちが集まっていました。ですが、いつまでもそういう会社でいるわけにはいかない。理念をはっきりさせたことで、独自のブランド・人格が生まれ、それに共感した人たちが集まる会社に変わってきていると思います。

佐宗 まさに『理念経営2.0』の最後に書いた理念経営のエコシステム(生態系)ができ上がっている状態ですよね。

【スープストックトーキョー社長に聞く】「理念経営」と「宗教」はどこが違うのか?

松尾 そのとおりです。企業が目指す社会に向かっていれば、そこで仕事をしている社員たちも刺激を受けてどんどん成長しますよね。また、社員はそもそも一人の生活者ですし、副業なども含めて社外での活動もどんどんやってもらいたい。そういうなかで、たくさんの刺激を受けたりネットワークを広げたりして、それを会社にも持ち帰ってきてくれたらいいなと。個人の成長とブランドの成長が相乗効果をあげるようなループをたくさんつくりたいんです。

佐宗 まさにそこが理念経営「1.0」と「2.0」の違いだと思います。企業理念と言っても、自社だけで閉じている発想ではだめで、どんどん社会に開けて(ひらけて)いく必要がある。

松尾 そう思いますね。ですから「世の中の体温をあげる」というのは、スープストックトーキョーの理念であると同時に、ここで働く人にとって「今後どう生きるか」の指針でもあってほしい。極端な話をすれば、この会社を卒業したあとでも、その人には生活者としてずっと「世の中の体温をあげて」いてほしいなというのが僕の願いなんです。

【スープストックトーキョー社長に聞く】「理念経営」と「宗教」はどこが違うのか?
佐宗邦威(さそう・くにたけ)

株式会社BIOTOPE代表/チーフ・ストラテジック・デザイナー/多摩美術大学 特任准教授

東京大学法学部卒業、イリノイ工科大学デザイン研究科(Master of Design Methods)修了。P&Gマーケティング部で「ファブリーズ」「レノア」などのヒット商品を担当後、「ジレット」のブランドマネージャーを務める。その後、ソニーに入社。同クリエイティブセンターにて全社の新規事業創出プログラム立ち上げなどに携わる。ソニー退社後、戦略デザインファーム「BIOTOPE」を創業。山本山、ソニー、パナソニック、オムロン、NHKエデュケーショナル、クックパッド、NTTドコモ、東急電鉄、日本サッカー協会、KINTO、ALE、クロスフィールズ、白馬村など、バラエティ豊かな企業・組織のイノベーションおよびブランディングの支援を行うほか、各社の企業理念の策定および実装に向けたプロジェクトについても実績多数。著書に最新刊『理念経営2.0』のほか、『直感と論理をつなぐ思考法 VISION DRIVEN』(いずれも、ダイヤモンド社)などがある。