世界に多大な影響を与え、長年に渡って今なお読み継がれている古典的名著。そこには、現代の悩みや疑問にも通ずる、普遍的な答えが記されている。しかし、そのなかには非常に難解で、読破する前に挫折してしまうようなものも多い。そんな読者におすすめなのが『読破できない難解な本がわかる本』。難解な名著のエッセンスをわかりやすく解説されていると好評のロングセラーだ。本記事では、マキャベリの『君主論』を解説する。
フランスもドイツもスペインもイタリア侵攻の好機をうかがっていた。イタリアを強くしなければ! そう考えたマキャベリは、イタリアの存続と発展を図るために、『君主論』を著した。しかし、その中では自国を敵から守るために、政治家はいい人を演じていてはいけないという過激発言がなされていた……。
君主は非倫理的なことをどうどうとやれ
「悪魔の書」とも呼ばれ、カトリック教会の禁書目録に掲載されていたというヤバい本。それがマキャベリの『君主論』です。
なぜなら、一般に、倫理的な理想にそって政治を行うというのが常識ですが、なんと本書では、「政治家は現実をしっかりみて、非倫理的なことをどうどうとやれ」と書かれているように解釈できるからです。
ナポレオンもヒトラーもこの本をこっそり読んでいたという噂があります。
現在でも「マキャベリズム」という言葉が残っていますが、これもあまり聞こえがよくありません。
なぜ、マキャベリはそんな本を書いたのでしょうか。
マキャベリは、ルネサンス期のイタリアの政治思想家であり、フィレンツェで政府のアドバイザーとしてけっこう高い地位にいたのですが、仕事を干されて暇をしていたので、これを書いたと伝えられています。
フィレンツェの権力者メディチ家に献上した本なのでリクルート的な意味をもっていたとされ、本人も『君主論』が歴史に爆発的な影響を与えるとは、夢にも思っていなかったのでしょう。
当時イタリアは多くの都市国家に分裂し勢力争いに明け暮れていました。ところが、ヨーロッパの諸国は絶対王政のもとに、強力な統一国家を形成します。
フランス、ドイツ、スペインらは、イタリア侵略の好機を狙っていました。そこで、マキャベリは、イタリア市民の中から、今までにないような主権者の出現を望んだのです。
テンションが上がりすぎたのか、政治を宗教や道徳から切り離して、ありのままの政治の冷酷な原理を徹底的に追求したのでした。
よい指導者はかえって国を滅ぼす?
君主は、民衆を味方にしなければなりませんが、「善を遂行するから優れた君主である」とは言えません。君主はまた内外の敵から自己と国家を守るために、力を伴なう知恵を必要とします。
だから、君主がきびしい現状を無視してよい人を装っていると、身の破滅を招くと考えられます。マキャベリは、プラトンの説いた理想的な「国家」を否定しました。
今までの共和国や君主国の理想は、プラトンの哲人政治の影響を受け、イデア論が基本にありました。だから、理想国家においては、君主がよい人であることが常識だったのです。
マキャベリは、君主は悪徳によらなければ地位を保ちがたいときには、汚名を着ることを恐れずに、悪い人になるべきだと説きました。
つまり、わざと「良からぬ人間にもなれる術」を使うわけです(本当の悪人という意味ではありません)。
君主たるものは残虐の悪名に心を惑わされることなく、領民たちが忠実に従うようにするべきです。
君主が慈悲深すぎて、あまりに領民たちをあまやかし、国家が混乱してしまうようなことがあれば、結局は領民たちが苦しむことになります。
「民衆というものは、頭をなでるか、消してしまうか、そのどちらかにしなければならない」と説かれています。
これも民衆を思ってのことでしょう。よって、君主は心を鬼にして、過激な断固たる行動をとる必要があるわけです。
君主は臣下に、「愛されるよりも恐れられる」必要があります。マキャベリの思想は、有名な以下のフレーズに集約されています。
「君主は狐の狡智(ずるがしこさ)とライオンの勇猛さをもって国家を統治するべきである」。
聡明な君主は、平和なときにじっくりと戦いを想定して有事に備えることが最も大事です。
君主の役割は、国を守り維持することであり、中途半端な戦いは、結局は国が滅びてしまうので、徹底的に戦わなければならないと説かれています。
富増章成(とます・あきなり)
河合塾やその他大手予備校で「日本史」「倫理」「現代社会」などを担当。
中央大学文学部哲学科卒業後、上智大学神学部に学ぶ。
歴史をはじめ、哲学や宗教などのわかりにくい部分を読者の実感に寄り添った、身近な視点で解きほぐすことで定評がある。
フジテレビ系列にて深夜放送された伝説的知的エンターテイメント番組『お厚いのが、お好き?』監修。
著書『21世紀を生きる現代人のための哲学入門2.0 現代人の抱えるモヤモヤ、もしも哲学者にディベートでぶつけたらどうなる?』(Gakken)、『日本史《伝説》になった100人』(王様文庫(三笠書房))、『図解でわかる! ニーチェの考え方』、『図解 世界一わかりやすい キリスト教』『誰でも簡単に幸せを感じる方法は アランの『幸福論』に書いてあった』(以上、KADOKAWA)、『超訳 哲学者図鑑』(かんき出版)、『オッサンになる人ならない人』(PHP研究所)、『哲学の小径―世界は謎に満ちている!』(講談社)、『空想哲学読本』(宝島社文庫)など多数。
【著者からのメッセージ】
私たちはなぜ本を読むのでしょうか。それは「本は人類が積み上げてきた叡智のアーカイヴだから」です。本は、人に知識や喜怒哀楽すべての豊かな経験を与えてくれる存在です。ときに読んだ人の人生を変えてしまう本だってあるでしょう。
この本で紹介しているのは、本のなかでも特に多くの人に読み継がれていたり、あるいは数千年という時を経ても今なお読まれている本、つまり「名著」です。
「名著」にはそう呼ばれるだけの理由があります。たとえば多くの人が今悩んでいることのほとんどは、この長い歴史上で誰かがすでに徹底的に考えていることです。紀元前という昔に遡っても、人間はやはり人間なのです。だから、もしあなたに悩みや、疑問に感じていることがあるなら、それらの答えのヒントはほぼ「名著」のなかにあるのです。
「目標がないし、やる気も出ない」「思考が乱れて集中できない」「健康なのに、なぜか疲れを感じる」「勉強したいが、どこから何をしたらいいのかわからない」「働いても働いても、楽にならないのはなんでだろう」「歳をとってきて、だんだん楽しみが減ってきた」
そんな悩みは、この本で紹介する「名著」のエッセンスを手に入れればたちまち解決するはずです。自分で思い悩むよりずっと気分が晴れること、請け合いです。
ところで、「名著」の多くは、とても難解で、それでいて分厚いものが多いです。しかし、名著が難解なのには、実は理由があります。分厚い古典的「名著」は、その時代背景と常識を前提として書かれているので、多くの場合、現代の私たちにとっては説明不足なのです。また、その学問世界の専門用語を「知ってるんでしょ?」という前提のもとに書かれていますから、こっちはわかるわけがない。
「名著」は、下手をすると一冊をしっかりと理解するのに20年以上かかります(それでも、さらに疑問は増えていきます)。普通に生きて普通に暮らしている私たちには、そんな時間はありません。つまり、「名著」とは基本的に「読破することができない本」なのです。
人生は短い。だからこそ「名著」をまず、おおざっぱに理解して、興味が出たら原典にあたればよいのです。この本では、古今東西の「名著」のうち哲学から心理学、経済学まで選りすぐった60冊のエッセンスをイラストとともにわかりやすく解説していきます。
※収録した60冊は、『ソクラテスの弁明』(プラトン)、『方法序説』(デカルト)、『実践理性批判』(カント)、『現象学の理念』(フッサール)、『歴史哲学講義』(フッサール)、『ツァラトゥストラはこう言った』(ニーチェ)、『存在と時間』(ハイデガー)、『存在と無』(サルトル)、『自由からの逃走』(フロム)、『社会契約論』(ルソー)、『資本論』(マルクス)、『論理哲学論考』(ウィトゲンシュタイン)、『グーテンベルクの銀河系』(マクルーハン)、『ポストモダンの条件』(リオタール)、『複製技術時代の芸術』(ベンヤミン)、『アンチ・オイディプス』(ドゥルーズ&ガタリ)、『21世紀の資本』(ピケティ)など。
もちろん原典と比べてその情報量は雲泥の差です(本書の場合、500ページ以上ある本も見開き4ページにまとめているのだから)。でも、なんにも読まないよりずっといいでしょう? そう思いませんか。分厚い本を一冊買って、読まないで部屋に飾っておくより、本書を電車の中で読んだほうがよいのではないでしょうか。
必ずしも時代順になっていないので、どこから読んでもOKです。パラッとめくって、全体を眺め、どんなふうに自分の役に立ちそうかを考えます。それぞれの本は、関連を他のページとリンクしてあります。つながりの意味については、本書の冒頭に収録した「ひと目でわかる名著の関連図」を参照してください。
ぜひ本書を活用して、自由な思考法を手に入れて、人生の難問解決をはかり、明日に向かって進んでください。きっと、すばらしい未来が広がっていくことでしょう。