世界に多大な影響を与え、長年に渡って今なお読み継がれている古典的名著。そこには、現代の悩みや疑問にも通ずる、普遍的な答えが記されている。しかし、そのなかには非常に難解で、読破する前に挫折してしまうようなものも多い。そんな読者におすすめなのが『読破できない難解な本がわかる本』。難解な名著のエッセンスをわかりやすく解説されていると好評のロングセラーだ。本記事では、ユングの『元型論』を解説する。
すべての人の心に共通した無意識的な鋳型のようなものがある。なぜかいつの時代もどこの国にも「蛇」や「ドラゴン」の神話が残っているのは不思議なこと。さらに、だんだんと自分の深層意識にもそれがあることがわかってくる……。
すべての人の無意識に共通する無意識とは?
ユングは、フロイトの影響を受けたスイスの精神病学者・心理学者で、独自の深層心理学を確立しました。
ユングはフロイトと深い交流関係にありましたが、後に考え方の違いによりフロイトから離れて活動しました。
フロイトは個人的無意識について考察しましたが、ユングは心のさらなる深層に、「集合的無意識」の層が存在すると考えました。
「個人的無意識」の下の「集合的無意識」は個人的な経験から生じたのではなく、遺伝的に受け継いできた生得的な心の領域です。
「集合的無意識」は、「元型」を通じて現れます。ユングは、無意識には、個人的経験ばかりでなく、先祖の経験も含まれていると考えました。なぜなら、違った国や文化で育った人間が、同じように蛇の幻覚を見る場合があるからです。
ユングによると、神話は客観的な出来事ではなく、内的な人格からの啓示の象徴です。人間にはすべて、時代や民族や個人的経験を超えた人類共通の「集合的無意識」があり、これが精神活動の基盤をなしているとされます。
ユングは、様々な民族や部族の文化の中に共通した要素が繰り返し登場することを指摘しています。
ユングは、「元型」として、「アニマ」「母親」「影(シャドー)」「子供」「老賢人」「おとぎ話の妖精」などを示しています。
「アニマ」は、女性の姿をとって表れたもので、神話の世界ではセイレーン、人魚、森の精などとして表現されています。
自己を知ることで自己実現ができる
ユングの心理学では、元型のイメージの意味を解釈できますから、心の治療に新しい道筋が開け、「個性化」の過程へ踏み出すことができます。
「個性化」とは個人が意識と無意識を統合することです。
意識と無意識を総合的にとらえることができれば、自分本来の姿にもどることができるわけですから、心が分裂したりコンプレックス(複雑な感情群)に影響を受けて悩むことが軽減されるかもしれません。自我(ego)を包み込んでいる全体が自己(self)です。
自己は集合的無意識にまで広がっていますので、これを探求することで人生が豊かになっていくとされます。
ユングは、第一次大戦中に、スイスに逃れてきた外国人兵士らを収容する施設に、軍医として勤務しました。ユングはこのとき、なぜかノートに円形を描いていました。その円は心理状態によって変化することがわかりました。
ユングは、この円形は自分の中の様々な要素をまとめて一つに統合する全体性を象徴するものだと考えました。
これは「自己(セルフ)」の「元型」であるとされます。
この円形の絵について、ユングは東洋ではマンダラと呼ばれる瞑想用具と関係があることに気がつきました。
さらに彼は患者の治療を通じてマンダラには錯乱した精神状態を治す不思議な力があることを発見しました。これは、マンダラによって、無意識が解放され、抑圧されていた心のエネルギーが解放されていくからです。
ユングの書には、マンダラの写真が数多く紹介されています。『心理学と錬金術』の第3章の「マンダラ象徴」では、「シュリー・ヤントラ」を代表として様々なマンダラの図版が紹介されています。
世界中に様々なマンダラが存在している不思議さを感じさせます。
夢や様々なヴィジョンなどが、個人の経験や、文化・伝統に基づかないことがあり、それが人類に普遍的な無意識に存在する「元型」によるものだというユングの説。これを知った人は、「自己(セルフ)」をもっと探求したくなることでしょう。
富増章成(とます・あきなり)
河合塾やその他大手予備校で「日本史」「倫理」「現代社会」などを担当。
中央大学文学部哲学科卒業後、上智大学神学部に学ぶ。
歴史をはじめ、哲学や宗教などのわかりにくい部分を読者の実感に寄り添った、身近な視点で解きほぐすことで定評がある。
フジテレビ系列にて深夜放送された伝説的知的エンターテイメント番組『お厚いのが、お好き?』監修。
著書『21世紀を生きる現代人のための哲学入門2.0 現代人の抱えるモヤモヤ、もしも哲学者にディベートでぶつけたらどうなる?』(Gakken)、『日本史《伝説》になった100人』(王様文庫(三笠書房))、『図解でわかる! ニーチェの考え方』、『図解 世界一わかりやすい キリスト教』『誰でも簡単に幸せを感じる方法は アランの『幸福論』に書いてあった』(以上、KADOKAWA)、『超訳 哲学者図鑑』(かんき出版)、『オッサンになる人ならない人』(PHP研究所)、『哲学の小径―世界は謎に満ちている!』(講談社)、『空想哲学読本』(宝島社文庫)など多数。
【著者からのメッセージ】
私たちはなぜ本を読むのでしょうか。それは「本は人類が積み上げてきた叡智のアーカイヴだから」です。本は、人に知識や喜怒哀楽すべての豊かな経験を与えてくれる存在です。ときに読んだ人の人生を変えてしまう本だってあるでしょう。
この本で紹介しているのは、本のなかでも特に多くの人に読み継がれていたり、あるいは数千年という時を経ても今なお読まれている本、つまり「名著」です。
「名著」にはそう呼ばれるだけの理由があります。たとえば多くの人が今悩んでいることのほとんどは、この長い歴史上で誰かがすでに徹底的に考えていることです。紀元前という昔に遡っても、人間はやはり人間なのです。だから、もしあなたに悩みや、疑問に感じていることがあるなら、それらの答えのヒントはほぼ「名著」のなかにあるのです。
「目標がないし、やる気も出ない」「思考が乱れて集中できない」「健康なのに、なぜか疲れを感じる」「勉強したいが、どこから何をしたらいいのかわからない」「働いても働いても、楽にならないのはなんでだろう」「歳をとってきて、だんだん楽しみが減ってきた」
そんな悩みは、この本で紹介する「名著」のエッセンスを手に入れればたちまち解決するはずです。自分で思い悩むよりずっと気分が晴れること、請け合いです。
ところで、「名著」の多くは、とても難解で、それでいて分厚いものが多いです。しかし、名著が難解なのには、実は理由があります。分厚い古典的「名著」は、その時代背景と常識を前提として書かれているので、多くの場合、現代の私たちにとっては説明不足なのです。また、その学問世界の専門用語を「知ってるんでしょ?」という前提のもとに書かれていますから、こっちはわかるわけがない。
「名著」は、下手をすると一冊をしっかりと理解するのに20年以上かかります(それでも、さらに疑問は増えていきます)。普通に生きて普通に暮らしている私たちには、そんな時間はありません。つまり、「名著」とは基本的に「読破することができない本」なのです。
人生は短い。だからこそ「名著」をまず、おおざっぱに理解して、興味が出たら原典にあたればよいのです。この本では、古今東西の「名著」のうち哲学から心理学、経済学まで選りすぐった60冊のエッセンスをイラストとともにわかりやすく解説していきます。
※収録した60冊は、『ソクラテスの弁明』(プラトン)、『方法序説』(デカルト)、『実践理性批判』(カント)、『現象学の理念』(フッサール)、『歴史哲学講義』(フッサール)、『ツァラトゥストラはこう言った』(ニーチェ)、『存在と時間』(ハイデガー)、『存在と無』(サルトル)、『自由からの逃走』(フロム)、『社会契約論』(ルソー)、『資本論』(マルクス)、『論理哲学論考』(ウィトゲンシュタイン)、『グーテンベルクの銀河系』(マクルーハン)、『ポストモダンの条件』(リオタール)、『複製技術時代の芸術』(ベンヤミン)、『アンチ・オイディプス』(ドゥルーズ&ガタリ)、『21世紀の資本』(ピケティ)など。
もちろん原典と比べてその情報量は雲泥の差です(本書の場合、500ページ以上ある本も見開き4ページにまとめているのだから)。でも、なんにも読まないよりずっといいでしょう? そう思いませんか。分厚い本を一冊買って、読まないで部屋に飾っておくより、本書を電車の中で読んだほうがよいのではないでしょうか。
必ずしも時代順になっていないので、どこから読んでもOKです。パラッとめくって、全体を眺め、どんなふうに自分の役に立ちそうかを考えます。それぞれの本は、関連を他のページとリンクしてあります。つながりの意味については、本書の冒頭に収録した「ひと目でわかる名著の関連図」を参照してください。
ぜひ本書を活用して、自由な思考法を手に入れて、人生の難問解決をはかり、明日に向かって進んでください。きっと、すばらしい未来が広がっていくことでしょう。