世界に多大な影響を与え、長年に渡って今なお読み継がれている古典的名著。そこには、現代の悩みや疑問にも通ずる、普遍的な答えが記されている。しかし、そのなかには非常に難解で、読破する前に挫折してしまうようなものも多い。そんな読者におすすめなのが『読破できない難解な本がわかる本』。難解な名著のエッセンスをわかりやすく解説されていると好評のロングセラーだ。本記事では、マルサスの『人口論』を解説する。
人類の歴史で戦争が絶えなかった理由。それは人口と食糧の問題だった。人間に食欲と性欲があるかぎり、人口は増え続けて食糧生産は追いつかない。では、どうすればよいのか。人口増加を抑制すればよいのだが、その方法はやはり戦争しかないのか?
近未来に食糧がなくなる!?
マルサスの『人口論』は、古典とされていますが、その内容の根本的解決は、まだなされていないようです。
というのは、日本は少子高齢化で人口が減るといわれていますが、食料自給率は40%弱ですし、いつ飢饉が発生してもおかしくない状況にあるかもしれません。
マルサスによると、人類の未来についての意見は、人によって大きくわかれます。
「一方の意見によれば、人間はこれからますますスピーディーにこれまで思いも及ばなかった無限の改善にむかって前進するだろう。もう一方の意見によれば、人間は幸せと不幸せの間を永遠に往復するのが世の定めであり、どんなに努力しても念願のゴールはやはり、はるかかなたのままだろう」(同書)
マルサスはどちらかというと、後者の悲観的な見方をしているようです。
前提として次の2つがあげられます。「第一に、食料は人間の生存にとって不可欠である。第二に、男女間の性欲は必然であり、ほぼ現象のまま将来も存続する」。
これが正しければ、当然のことですが、人口は増えていき食料は不足して人口を減らすような現象(飢饉、戦争など)が起こるでしょう(これは、地球レベルの話であって、先進国では、草食系男女によって人口が減っているようですが……)。
特に有名なフレーズは「人口は、なんの抑制もなければ、等比級数的に増加する。生活物資は等差級数的にしか増加しない」という部分です。
食糧問題と人口については対策なし?
マルサスは、農業生産物の増大に寄与しない政策には反対します。さらに穀物の輸入にも反対しているのです(今の日本は大丈夫?)。
人間は性欲と食欲の塊なので、人口増と食糧のバランスはつねに崩れることになります。
「財産はなるべく平準化することが長期的には絶対に有利である。所有者の数が多くなれば、当然、労働者の数は少なくなる。つまり、社会の大多数が財産の所有者となり、幸福になる。自分の労働以外に財産をもたない不幸な人間は少数になる」(同書)
しかし、そんな社会をどうやってつくっていけばいいのでしょうか。
「人口の増加力と土地の生産力とのあいだには自然の不均衡があり、そして、やはり自然の大法則により両者は結果的に均衡するよう保たれる」「すべての生き物を支配するこの法則の重圧から、どうすれば人間は逃れられるか、私は知らない」(同書)
マルサスは解決法を知らないそうです。このように、『人口論』は悲観的な内容が続きますので、読むと暗くなるかもしれません。
マルサスは、アメリカの例をあげます。アメリカは自由で早婚の抑制も少ない国なので、「人口がわずか25年で2倍になった」のです。この増加率を基準とすれば、「人口は抑制されない場合、25年ごとに2倍になる。つまり、人口は等比級数的に増加するのである」というわけです。
農業生産物が足りないなら牛や豚を大量に飼えばいいではないかと思うのですが、家畜は農業生産物を食べるのです。
「ご存じのとおり、牧畜の国は農耕の国ほど多くの住民を養えない」(同書)
結局は、人口を抑制するための議論は、マルサス以降に展開することになりますが、いまもって人類は、食糧についての決定的な解決法をもっていません。
しかし、「人口増加により労働者は過剰供給となり、また食料品は過少供給となる」とも考えられています。人口が減少傾向の日本では、科学技術による国内の食糧増産を実現することができるかもしれません。しかし、食糧問題は環境問題とともに世界全体の秩序と関連してくるので、より根本的な問題解決が模索されています。
富増章成(とます・あきなり)
河合塾やその他大手予備校で「日本史」「倫理」「現代社会」などを担当。
中央大学文学部哲学科卒業後、上智大学神学部に学ぶ。
歴史をはじめ、哲学や宗教などのわかりにくい部分を読者の実感に寄り添った、身近な視点で解きほぐすことで定評がある。
フジテレビ系列にて深夜放送された伝説的知的エンターテイメント番組『お厚いのが、お好き?』監修。
著書『21世紀を生きる現代人のための哲学入門2.0 現代人の抱えるモヤモヤ、もしも哲学者にディベートでぶつけたらどうなる?』(Gakken)、『日本史《伝説》になった100人』(王様文庫(三笠書房))、『図解でわかる! ニーチェの考え方』、『図解 世界一わかりやすい キリスト教』『誰でも簡単に幸せを感じる方法は アランの『幸福論』に書いてあった』(以上、KADOKAWA)、『超訳 哲学者図鑑』(かんき出版)、『オッサンになる人ならない人』(PHP研究所)、『哲学の小径―世界は謎に満ちている!』(講談社)、『空想哲学読本』(宝島社文庫)など多数。
【著者からのメッセージ】
私たちはなぜ本を読むのでしょうか。それは「本は人類が積み上げてきた叡智のアーカイヴだから」です。本は、人に知識や喜怒哀楽すべての豊かな経験を与えてくれる存在です。ときに読んだ人の人生を変えてしまう本だってあるでしょう。
この本で紹介しているのは、本のなかでも特に多くの人に読み継がれていたり、あるいは数千年という時を経ても今なお読まれている本、つまり「名著」です。
「名著」にはそう呼ばれるだけの理由があります。たとえば多くの人が今悩んでいることのほとんどは、この長い歴史上で誰かがすでに徹底的に考えていることです。紀元前という昔に遡っても、人間はやはり人間なのです。だから、もしあなたに悩みや、疑問に感じていることがあるなら、それらの答えのヒントはほぼ「名著」のなかにあるのです。
「目標がないし、やる気も出ない」「思考が乱れて集中できない」「健康なのに、なぜか疲れを感じる」「勉強したいが、どこから何をしたらいいのかわからない」「働いても働いても、楽にならないのはなんでだろう」「歳をとってきて、だんだん楽しみが減ってきた」
そんな悩みは、この本で紹介する「名著」のエッセンスを手に入れればたちまち解決するはずです。自分で思い悩むよりずっと気分が晴れること、請け合いです。
ところで、「名著」の多くは、とても難解で、それでいて分厚いものが多いです。しかし、名著が難解なのには、実は理由があります。分厚い古典的「名著」は、その時代背景と常識を前提として書かれているので、多くの場合、現代の私たちにとっては説明不足なのです。また、その学問世界の専門用語を「知ってるんでしょ?」という前提のもとに書かれていますから、こっちはわかるわけがない。
「名著」は、下手をすると一冊をしっかりと理解するのに20年以上かかります(それでも、さらに疑問は増えていきます)。普通に生きて普通に暮らしている私たちには、そんな時間はありません。つまり、「名著」とは基本的に「読破することができない本」なのです。
人生は短い。だからこそ「名著」をまず、おおざっぱに理解して、興味が出たら原典にあたればよいのです。この本では、古今東西の「名著」のうち哲学から心理学、経済学まで選りすぐった60冊のエッセンスをイラストとともにわかりやすく解説していきます。
※収録した60冊は、『ソクラテスの弁明』(プラトン)、『方法序説』(デカルト)、『実践理性批判』(カント)、『現象学の理念』(フッサール)、『歴史哲学講義』(フッサール)、『ツァラトゥストラはこう言った』(ニーチェ)、『存在と時間』(ハイデガー)、『存在と無』(サルトル)、『自由からの逃走』(フロム)、『社会契約論』(ルソー)、『資本論』(マルクス)、『論理哲学論考』(ウィトゲンシュタイン)、『グーテンベルクの銀河系』(マクルーハン)、『ポストモダンの条件』(リオタール)、『複製技術時代の芸術』(ベンヤミン)、『アンチ・オイディプス』(ドゥルーズ&ガタリ)、『21世紀の資本』(ピケティ)など。
もちろん原典と比べてその情報量は雲泥の差です(本書の場合、500ページ以上ある本も見開き4ページにまとめているのだから)。でも、なんにも読まないよりずっといいでしょう? そう思いませんか。分厚い本を一冊買って、読まないで部屋に飾っておくより、本書を電車の中で読んだほうがよいのではないでしょうか。
必ずしも時代順になっていないので、どこから読んでもOKです。パラッとめくって、全体を眺め、どんなふうに自分の役に立ちそうかを考えます。それぞれの本は、関連を他のページとリンクしてあります。つながりの意味については、本書の冒頭に収録した「ひと目でわかる名著の関連図」を参照してください。
ぜひ本書を活用して、自由な思考法を手に入れて、人生の難問解決をはかり、明日に向かって進んでください。きっと、すばらしい未来が広がっていくことでしょう。